しばし考え込むようにうつむき加減になるユウトだったが、もう一度こちらを見ると首を振った。
「ていうかさ、お前はなんでその子に言わないんだよ。『あんたのこと知らない』って」
「自分でもわかんないよ」
「は?」
「久しぶりって言われたから、久しぶりって返しちゃって」
「なんだそれ? わけわかんねぇな、ショウジは」
呆れたようにユウトに言われてしまい、僕は苦笑した。
僕自身もなぜあんな反応をしてしまったのか理解できない。まるで自分の中に潜むなにかが、彼女に対して疑問を投げかけるなと制御しているみたいだった。
「たぶん俺らが卒業した小中にはいねえ子だな。本人に訊けないなら、引っ越し前の知り合いに訊いてみたらどうだ。連絡取れる奴とかいねぇの?」
ユウトの提案に、僕は同級生たちの顔を思い出そうと頭を巡らせる。
北小学校は、当時一クラス20人くらいで一学年につき二クラスしかなかった。何人かの名前や顔はあいまいではあるものの、記憶には残っている。
その中で、いまでも連絡が取れる相手というのは。
「いない」
「は?」
「連絡先なんて一人も知らない」
「ガチで言ってんの? まさかショウジ……お前、転校前の学校ではぼっちだったのか」
憐れむような目をユウトに向けられ、僕は慌てて首を横に振る。
「その頃はスマホとか携帯とか持ってなかったから、気軽に連絡先を聞ける状況でもなかったんだよ」
「SNSとかで捜せば誰かしら見つかるんじゃね?」
「と言ってもなあ……小四から長い間入院して、その期間友だちとなかなか会えなかったんだ。退院してすぐに引っ越したし。お別れを言う前にみんなと離ればなれになったんだぞ。いまさら連絡取っても気まずいだろ?」
言い訳がましく早口になってしまったが、全部事実なんだ。入院する前は僕だって普通に友だちはいたし、勝手にぼっち認定されたくない。ただ、冗談抜きで北小の同級生にコンタクトを取るのは難しいんだ。
ならば、もっと身近にいて気軽に相談できる相手を──たとえば、家族に訊いてみるのがいいかもと思いはじめた。
僕はいま、母と二人暮らしだ。僕が小学生の頃、母は仕事がどんなに忙しそうでも運動会や発表会、授業参観の行事には必ず顔を出してくれた。たぶん、僕に寂しい想いをさせないように頑張ってくれていたんだと思う。
我が家には、父がいないから。僕が物心つく前に病気で亡くなってしまい、父との思い出はなにひとつ覚えていないんだ。
四つ上に姉のコハルがいる。この春に大学生になりコハルは一人暮らしをはじめた。自宅から自転車で十分ほどの距離に住んでいるので、母はちょくちょく会いに行っているらしい。
コハルは、小さい頃から面倒見がよかった。父親代わりになって世話をしようとしてくれてたんだろう。そんな姉は中学生になってから部活に夢中になり、少しずつ姉弟の時間が減っていった。でも、いまでも時々僕を気にかけてくれるコハルには感謝してる。たまにうざったいと思うこともあるけどね。
母と姉なら、サヤカのことを知ってるかも。
「家族に、訊いてみようと思う」
「ああ、それもいいな。あとは……なんだっけ。病院の先生?」
「白鳥先生のことか」
「その子、先生を知ってたんだろ。今度先生にもサヤカちゃんのこと訊いてみたらどうだ」
「ええっ?」
思わず声が裏返った。
それは、思いつかなかったな。
これまで先生とは僕の身体や病気について話したことはあるが、プライベートな話はほとんどしてこなかった。いきなりサヤカの話をしていいものか、迷う。
悩む僕の顔を覗き込み、ユウトは訝しげに訊いてきた。
「なんだよ、難しい顔して。主治医の先生に話せない理由があるのか?」
先生に気を遣ってしまう、と僕が話すと、ユウトは声を上げて笑った。
「お前、昔からそうだよなあ! 他人に気を遣いすぎるところ」
「そうかな……?」
「そうだよ。変なところで遠慮する性格だろ。『サヤカって人、知ってますか?』ってちょっと訊けばいいだけだろ!」
あんまり深く考えるなって。そう言いながら、ユウトは僕の背中を軽く叩いた。
ユウトのポジティブ思考を、僕にも分けてほしい。指摘されたとおり、僕はやたら他人に気を遣ってしまうし、あれこれ考えこむ癖がある。
「とにかくまずは、親と話してみる。次の受診まで日はあるし、情報がなにも得られなかったら先生にも話してみるよ」
僕がそう言うと、ユウトはいつもの調子で肩を組んできた。
「ハンバーガーでも食いに行こうぜ!」と誘われたので、街に出て寄り道をした。
なんだかんだ、ユウトに相談してよかった。
僕が一人で考え込んだって、なんにも解決しないんだ。知ってそうな人物たちに聞いて回るのがいい。行動あるのみだ。
「ていうかさ、お前はなんでその子に言わないんだよ。『あんたのこと知らない』って」
「自分でもわかんないよ」
「は?」
「久しぶりって言われたから、久しぶりって返しちゃって」
「なんだそれ? わけわかんねぇな、ショウジは」
呆れたようにユウトに言われてしまい、僕は苦笑した。
僕自身もなぜあんな反応をしてしまったのか理解できない。まるで自分の中に潜むなにかが、彼女に対して疑問を投げかけるなと制御しているみたいだった。
「たぶん俺らが卒業した小中にはいねえ子だな。本人に訊けないなら、引っ越し前の知り合いに訊いてみたらどうだ。連絡取れる奴とかいねぇの?」
ユウトの提案に、僕は同級生たちの顔を思い出そうと頭を巡らせる。
北小学校は、当時一クラス20人くらいで一学年につき二クラスしかなかった。何人かの名前や顔はあいまいではあるものの、記憶には残っている。
その中で、いまでも連絡が取れる相手というのは。
「いない」
「は?」
「連絡先なんて一人も知らない」
「ガチで言ってんの? まさかショウジ……お前、転校前の学校ではぼっちだったのか」
憐れむような目をユウトに向けられ、僕は慌てて首を横に振る。
「その頃はスマホとか携帯とか持ってなかったから、気軽に連絡先を聞ける状況でもなかったんだよ」
「SNSとかで捜せば誰かしら見つかるんじゃね?」
「と言ってもなあ……小四から長い間入院して、その期間友だちとなかなか会えなかったんだ。退院してすぐに引っ越したし。お別れを言う前にみんなと離ればなれになったんだぞ。いまさら連絡取っても気まずいだろ?」
言い訳がましく早口になってしまったが、全部事実なんだ。入院する前は僕だって普通に友だちはいたし、勝手にぼっち認定されたくない。ただ、冗談抜きで北小の同級生にコンタクトを取るのは難しいんだ。
ならば、もっと身近にいて気軽に相談できる相手を──たとえば、家族に訊いてみるのがいいかもと思いはじめた。
僕はいま、母と二人暮らしだ。僕が小学生の頃、母は仕事がどんなに忙しそうでも運動会や発表会、授業参観の行事には必ず顔を出してくれた。たぶん、僕に寂しい想いをさせないように頑張ってくれていたんだと思う。
我が家には、父がいないから。僕が物心つく前に病気で亡くなってしまい、父との思い出はなにひとつ覚えていないんだ。
四つ上に姉のコハルがいる。この春に大学生になりコハルは一人暮らしをはじめた。自宅から自転車で十分ほどの距離に住んでいるので、母はちょくちょく会いに行っているらしい。
コハルは、小さい頃から面倒見がよかった。父親代わりになって世話をしようとしてくれてたんだろう。そんな姉は中学生になってから部活に夢中になり、少しずつ姉弟の時間が減っていった。でも、いまでも時々僕を気にかけてくれるコハルには感謝してる。たまにうざったいと思うこともあるけどね。
母と姉なら、サヤカのことを知ってるかも。
「家族に、訊いてみようと思う」
「ああ、それもいいな。あとは……なんだっけ。病院の先生?」
「白鳥先生のことか」
「その子、先生を知ってたんだろ。今度先生にもサヤカちゃんのこと訊いてみたらどうだ」
「ええっ?」
思わず声が裏返った。
それは、思いつかなかったな。
これまで先生とは僕の身体や病気について話したことはあるが、プライベートな話はほとんどしてこなかった。いきなりサヤカの話をしていいものか、迷う。
悩む僕の顔を覗き込み、ユウトは訝しげに訊いてきた。
「なんだよ、難しい顔して。主治医の先生に話せない理由があるのか?」
先生に気を遣ってしまう、と僕が話すと、ユウトは声を上げて笑った。
「お前、昔からそうだよなあ! 他人に気を遣いすぎるところ」
「そうかな……?」
「そうだよ。変なところで遠慮する性格だろ。『サヤカって人、知ってますか?』ってちょっと訊けばいいだけだろ!」
あんまり深く考えるなって。そう言いながら、ユウトは僕の背中を軽く叩いた。
ユウトのポジティブ思考を、僕にも分けてほしい。指摘されたとおり、僕はやたら他人に気を遣ってしまうし、あれこれ考えこむ癖がある。
「とにかくまずは、親と話してみる。次の受診まで日はあるし、情報がなにも得られなかったら先生にも話してみるよ」
僕がそう言うと、ユウトはいつもの調子で肩を組んできた。
「ハンバーガーでも食いに行こうぜ!」と誘われたので、街に出て寄り道をした。
なんだかんだ、ユウトに相談してよかった。
僕が一人で考え込んだって、なんにも解決しないんだ。知ってそうな人物たちに聞いて回るのがいい。行動あるのみだ。