何度も目をこすり、何度も彼女の顔を確認した。どこからどう見たって、疑いの余地がない。カウンターに立っている人物は、サヤカ本人だ。
お客の注文を受けている彼女は、とても楽しそう。体調が悪い様子などこれっぽっちもない。
心配して損した。
帰るか。と考えたが──いや、やっぱり面と向かって話がしたい。
勤務中に話し込むと迷惑なことくらい僕にだってわかる。ひとことだけ声をかけよう。「バイトが終わったら、連絡して」それだけ伝えよう。
僕は店の正面にまわり、木製のドアに手を掛け、ゆっくりと開いた。入店すると同時に「いらっしゃいませ」と元気な声が響いた。
僕はおもむろに、彼女がいるカウンターの前に立った。
急に僕が来て、驚くに違いない。そう思ったのだが。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!」
満面の笑みで、普通に接客された。
僕は一瞬、怯んでしまう。サヤカは全く動じずに、さっきのお客と同じような対応を僕にも取った。
落ち着け。冷静に見てみろ。サヤカの隣には、男性店員がいる。背が高くて筋肉質で、肌が白い。見たところ、僕たちよりも若干歳上だ。先輩スタッフがいる手前、サヤカだっていつものように「ショウくん、来てくれたんだね!」なんてはしゃげないのだろう。
軽く咳払いをし、僕は空笑いをしてみせた。
「あの、ごめん。今日はなにか注文をしにきたわけじゃないんだ」
「……はい?」
「バイトが終わったら連絡してほしいって、伝えに来ただけで」
僕がそう言うと、サヤカはたちまち困惑した表情を浮かべる。
「あの。お客様。そういうのはちょっと……」
「話したいことがあるんだよ。とにかく、あとでメッセージの返信をくれないかな」
と、僕がサヤカに向かって頭を軽く下げたとき、隣にいた男性店員が間に入ってきた。
「いかがなさいましたか、お客様?」
目の前に立たれると、さらに大きく見える。男性店員の口角は上がっているが、目が笑っていない。
慌てるな。あくまで冷静に答えよう。
「すみません……僕、彼女の友人でして」
「友人、ですか。松谷さん、そうなの?」
男性店員がサヤカに問いかける。サヤカはじっと僕の目を見て、数秒経ってから小さく答えた。
「えっと……ごめんなさい。知らない人、です」
……は? おいおい。そこでとぼける必要はないだろ?
サヤカの思いも寄らない返答に、僕は眉間にしわを寄せた。
「なに言ってるんだ、サヤカ」
「すみません。本当にわからなくて……どなたですか?」
「バイト先に押しかけたのは悪いと思ってるよ。けど、知らないふりをするなんて」
「えっと……。なにを仰っているのか……」
どんどん声が小さくなるサヤカを見て、僕はハッとした。
もしかして……本当に僕を忘れているのか?
サヤカの目をもう一度よく見てみる。
出会ったとき、彼女の瞳は淡い海色だった。けれど──いまはどうだ。入学式の日と比べると、色が変わっていないか……?
意識していないと気にならなかった。だけど、サヤカの瞳の色は……濃くなっている。
まさか。そんな。
「申しわけございませんが、これ以上の対応はいたしかねます。ご注文をされないようでしたら、お引き取り願います」
男性スタッフはかばうようにサヤカの前に立つと、淡々と僕にそう告げた。その背後で、サヤカは眉を落とし、僕から目を逸らしているんだ。
信じられない。サヤカは僕を忘れてしまっているのか? 演技なのか、本気なのか、わからない。もし演技だったとして、なぜ彼女が僕を忘れたふりをするのか、もっと意味がわからない。
「すみませんでした……」
謝るしかなかった。店にも迷惑をかけられないし、サヤカを困らせたくない。
ダッシュで店を飛び出し、僕はマニーカフェをあとにした。
お客の注文を受けている彼女は、とても楽しそう。体調が悪い様子などこれっぽっちもない。
心配して損した。
帰るか。と考えたが──いや、やっぱり面と向かって話がしたい。
勤務中に話し込むと迷惑なことくらい僕にだってわかる。ひとことだけ声をかけよう。「バイトが終わったら、連絡して」それだけ伝えよう。
僕は店の正面にまわり、木製のドアに手を掛け、ゆっくりと開いた。入店すると同時に「いらっしゃいませ」と元気な声が響いた。
僕はおもむろに、彼女がいるカウンターの前に立った。
急に僕が来て、驚くに違いない。そう思ったのだが。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!」
満面の笑みで、普通に接客された。
僕は一瞬、怯んでしまう。サヤカは全く動じずに、さっきのお客と同じような対応を僕にも取った。
落ち着け。冷静に見てみろ。サヤカの隣には、男性店員がいる。背が高くて筋肉質で、肌が白い。見たところ、僕たちよりも若干歳上だ。先輩スタッフがいる手前、サヤカだっていつものように「ショウくん、来てくれたんだね!」なんてはしゃげないのだろう。
軽く咳払いをし、僕は空笑いをしてみせた。
「あの、ごめん。今日はなにか注文をしにきたわけじゃないんだ」
「……はい?」
「バイトが終わったら連絡してほしいって、伝えに来ただけで」
僕がそう言うと、サヤカはたちまち困惑した表情を浮かべる。
「あの。お客様。そういうのはちょっと……」
「話したいことがあるんだよ。とにかく、あとでメッセージの返信をくれないかな」
と、僕がサヤカに向かって頭を軽く下げたとき、隣にいた男性店員が間に入ってきた。
「いかがなさいましたか、お客様?」
目の前に立たれると、さらに大きく見える。男性店員の口角は上がっているが、目が笑っていない。
慌てるな。あくまで冷静に答えよう。
「すみません……僕、彼女の友人でして」
「友人、ですか。松谷さん、そうなの?」
男性店員がサヤカに問いかける。サヤカはじっと僕の目を見て、数秒経ってから小さく答えた。
「えっと……ごめんなさい。知らない人、です」
……は? おいおい。そこでとぼける必要はないだろ?
サヤカの思いも寄らない返答に、僕は眉間にしわを寄せた。
「なに言ってるんだ、サヤカ」
「すみません。本当にわからなくて……どなたですか?」
「バイト先に押しかけたのは悪いと思ってるよ。けど、知らないふりをするなんて」
「えっと……。なにを仰っているのか……」
どんどん声が小さくなるサヤカを見て、僕はハッとした。
もしかして……本当に僕を忘れているのか?
サヤカの目をもう一度よく見てみる。
出会ったとき、彼女の瞳は淡い海色だった。けれど──いまはどうだ。入学式の日と比べると、色が変わっていないか……?
意識していないと気にならなかった。だけど、サヤカの瞳の色は……濃くなっている。
まさか。そんな。
「申しわけございませんが、これ以上の対応はいたしかねます。ご注文をされないようでしたら、お引き取り願います」
男性スタッフはかばうようにサヤカの前に立つと、淡々と僕にそう告げた。その背後で、サヤカは眉を落とし、僕から目を逸らしているんだ。
信じられない。サヤカは僕を忘れてしまっているのか? 演技なのか、本気なのか、わからない。もし演技だったとして、なぜ彼女が僕を忘れたふりをするのか、もっと意味がわからない。
「すみませんでした……」
謝るしかなかった。店にも迷惑をかけられないし、サヤカを困らせたくない。
ダッシュで店を飛び出し、僕はマニーカフェをあとにした。