小四のとき事故に遭ったことも。その際に受けたショックによって奇病を患ったことも。記憶を失ったことも。
そして、記憶を取り戻した場合──サヤカたちとの過去を思い出したら──僕は死ぬかもしれないということも。
相槌を打ちながら、ときに首を大きく振りながら、ユウトは僕の話に耳を傾ける。顔を真っ赤にし、目を潤わせ、肩を震わせた。
これほど悲痛に満ちたユウトの顔を、僕はこれまでに見たことがあっただろうか。
僕は、無理にでも空笑いしてみせる。
「心配ないよ。僕はこんなに元気なんだ。たまに頭痛がするけど、あとは健康。それに、まだ病院で先生から直接話を聞いたわけじゃない。もしかしたら僕が奇病に罹ってるなんて、なにかの間違いかもしれないし」
この期に及んで、僕は「願望」を言葉にして連ねた。
自分で言っていて、虚しくなる。こんなの、現実逃避にすぎない。
ユウトはそれを許してはくれなかった。
「そんな都合のいい話があるわけねえだろ。いまからでも、サヤカちゃんを忘れろよ」
「……そんなの、無理だよ」
「無理でも忘れるんだ! お前、思い出と自分の命、どっちが大事なんだよ!?」
「それは……決まってる。死ぬのは、嫌だよ……」
「だったら、これ以上サヤカちゃんと関わるのをやめろ!」
ものすごい圧で、ユウトは詰め寄ってくる。目が血走っていて、見るからに冷静じゃない。
「関わるのをやめろって、そんなの無茶だ。同じクラスなのに」
「話しかけられたら無視しろよ! とにかく距離を置け!」
「ユウト、お前自分がなにを言ってるかわかってるのか?」
「わかってる。わかってるよ……無理を言ってるのも。でもさ……」
ユウトは一度深く息を吐いた。
「実は俺、サヤカちゃんから聞いてたんだ。事故のことも、奇病のことも」
「……サヤカから?」
「食堂で初めて会ったあと、俺が問いつめたんだよ。あんた誰なんだって。最初はなにも教えてくれなかった。わざと話を逸らされるから、ますます怪しいと思って。だから、お前の姉ちゃんに聞いたんだ。サヤカちゃんを知ってるかって。コハルちゃんなら、引っ越してくる前のショウジの友人関係もなにか知ってると思って」
「……コハルに、わざわざ聞いたのか。というかユウト。コハルの連絡先知ってたのか?」
「いや、知らねえよ。俺の吹部の先輩で、コハルちゃんを知ってる人がいてさ。コンタクト取ってもらったんだ。吹部って縦の繋がりも結構あるからな」
ユウト……いつの間にそんなことを。
「……で? コハルからなにを聞いたんだ」
「あんまり詳しい話はしてくれなかった。けど……これだけは教えてもらった。サヤカちゃんを東高校に呼んだのはコハルちゃんだって。そう言ってた」
初めて聞く話に、僕は目を開く。いつもはお調子者のはずのユウトが、こんなにも真剣に語るのなんて珍しい。
「コハルちゃんから話を聞いて、サヤカちゃんは本当にショウジの幼なじみなんだって、信じるしかなくなった。わざわざお前の姉ちゃんが嘘つく理由もないし、話しかたでガチなんだって思った。だから、俺はもう一度サヤカちゃんに問いつめたんだ。コハルちゃんにまでショウジの進学先を聞き出したりして、どういうつもりなんだって。俺がしつこくしたら、サヤカちゃん、やっと話してくれてさ……。ショウジが小学生の頃に事故に遭って、奇病に罹ったんだって。忘れた過去を思い出すと、死ぬ可能性があることも教えてくれた」
そこで、ユウトの声が震えた。
「俺、それを知って許せなかったんだよ。過去を思い出すとショウジが死ぬかもしれないのに、なんでサヤカちゃんはショウジに近づくんだって。あいつを殺したいのか?って、結構強めの言葉で責めちまった……」
「え……」
ユウトが、サヤカに怒ったのか……?
ハッとした。サヤカが土曜日のコンサートを突然キャンセルした理由は──もしかして、母に言われただけでなく、ユウトにも責められたからなのか。
「サヤカちゃん、すげえ謝ってた。何度も何度もごめんなさいって。わがままでごめんなさいって涙を浮かべながらさ……。俺、冷たい奴だから、泣けば済む話じゃないってそのときは思ったよ」
「ユウト……」
「けどさ、あんなこと言われちまったら、俺もサヤカちゃんを責められなくて。サヤカちゃんも……奇病なんだろ? 後悔のないように生きたいからって泣かれてさ。あんな風に言われたら、怒れなくなった。サヤカちゃんが迷っているのが伝わってきたから……」
「ユウト。やめてくれ」
サヤカは、ユウトに自身の病について打ち明けた。僕には話していないことを、他の人には話している。事情があったのだと理解しているはずなのに、僕の中によくわからない感情が湧き出てしまった。
僕だけじゃないか。なにも知らなかったのは……。
人伝に真実を知っていくのがみじめで。サヤカになにも教えてもらえなかったことが受け入れがたくて。
サヤカにとって僕はなんなんだろう。
「悪いな、ショウジ。これだけは言わせてくれ。俺、お前のお母さんの気持ちもわかるんだよ。サヤカちゃんの話をするたびに態度がおかしくなったんだろ? おばさんも、きっとサヤカちゃんと関わることでショウジの記憶が戻るのが怖かったんだと思うぞ。俺だって、同じ気持ちだから」
「そんな……ユウトまで……」
僕だって、死ぬのは怖い。
ユウトも母さんも、僕のためにサヤカと関わるなと忠告してくれているのもわかってる。
だけど……だからといって、サヤカと疎遠になるなんて、納得いかない。
サヤカはきっと悩んだはずだ。悩んだ末に僕と再会することを選んでくれた。彼女の選択は間違っていたのかもしれない。だけど、サヤカが会いにきてくれなければ、僕はなにも知らずにのうのうと生きていただろう。
サヤカだけ、僕を覚えたまま死を待つことになっていたのだろう。
そんなの、考えただけで悲しい。
「他に、方法はないのか……」
僕は、わがままだ。
「サヤカと離れるなんて嫌だ。どうにかできないのか」
彼女と同じくらい、僕はわがままだ。
これ以上過去を思い出さなくてもいい。忘れてもいい。思い出を捨ててでも、彼女のそばにいたい。
そして、記憶を取り戻した場合──サヤカたちとの過去を思い出したら──僕は死ぬかもしれないということも。
相槌を打ちながら、ときに首を大きく振りながら、ユウトは僕の話に耳を傾ける。顔を真っ赤にし、目を潤わせ、肩を震わせた。
これほど悲痛に満ちたユウトの顔を、僕はこれまでに見たことがあっただろうか。
僕は、無理にでも空笑いしてみせる。
「心配ないよ。僕はこんなに元気なんだ。たまに頭痛がするけど、あとは健康。それに、まだ病院で先生から直接話を聞いたわけじゃない。もしかしたら僕が奇病に罹ってるなんて、なにかの間違いかもしれないし」
この期に及んで、僕は「願望」を言葉にして連ねた。
自分で言っていて、虚しくなる。こんなの、現実逃避にすぎない。
ユウトはそれを許してはくれなかった。
「そんな都合のいい話があるわけねえだろ。いまからでも、サヤカちゃんを忘れろよ」
「……そんなの、無理だよ」
「無理でも忘れるんだ! お前、思い出と自分の命、どっちが大事なんだよ!?」
「それは……決まってる。死ぬのは、嫌だよ……」
「だったら、これ以上サヤカちゃんと関わるのをやめろ!」
ものすごい圧で、ユウトは詰め寄ってくる。目が血走っていて、見るからに冷静じゃない。
「関わるのをやめろって、そんなの無茶だ。同じクラスなのに」
「話しかけられたら無視しろよ! とにかく距離を置け!」
「ユウト、お前自分がなにを言ってるかわかってるのか?」
「わかってる。わかってるよ……無理を言ってるのも。でもさ……」
ユウトは一度深く息を吐いた。
「実は俺、サヤカちゃんから聞いてたんだ。事故のことも、奇病のことも」
「……サヤカから?」
「食堂で初めて会ったあと、俺が問いつめたんだよ。あんた誰なんだって。最初はなにも教えてくれなかった。わざと話を逸らされるから、ますます怪しいと思って。だから、お前の姉ちゃんに聞いたんだ。サヤカちゃんを知ってるかって。コハルちゃんなら、引っ越してくる前のショウジの友人関係もなにか知ってると思って」
「……コハルに、わざわざ聞いたのか。というかユウト。コハルの連絡先知ってたのか?」
「いや、知らねえよ。俺の吹部の先輩で、コハルちゃんを知ってる人がいてさ。コンタクト取ってもらったんだ。吹部って縦の繋がりも結構あるからな」
ユウト……いつの間にそんなことを。
「……で? コハルからなにを聞いたんだ」
「あんまり詳しい話はしてくれなかった。けど……これだけは教えてもらった。サヤカちゃんを東高校に呼んだのはコハルちゃんだって。そう言ってた」
初めて聞く話に、僕は目を開く。いつもはお調子者のはずのユウトが、こんなにも真剣に語るのなんて珍しい。
「コハルちゃんから話を聞いて、サヤカちゃんは本当にショウジの幼なじみなんだって、信じるしかなくなった。わざわざお前の姉ちゃんが嘘つく理由もないし、話しかたでガチなんだって思った。だから、俺はもう一度サヤカちゃんに問いつめたんだ。コハルちゃんにまでショウジの進学先を聞き出したりして、どういうつもりなんだって。俺がしつこくしたら、サヤカちゃん、やっと話してくれてさ……。ショウジが小学生の頃に事故に遭って、奇病に罹ったんだって。忘れた過去を思い出すと、死ぬ可能性があることも教えてくれた」
そこで、ユウトの声が震えた。
「俺、それを知って許せなかったんだよ。過去を思い出すとショウジが死ぬかもしれないのに、なんでサヤカちゃんはショウジに近づくんだって。あいつを殺したいのか?って、結構強めの言葉で責めちまった……」
「え……」
ユウトが、サヤカに怒ったのか……?
ハッとした。サヤカが土曜日のコンサートを突然キャンセルした理由は──もしかして、母に言われただけでなく、ユウトにも責められたからなのか。
「サヤカちゃん、すげえ謝ってた。何度も何度もごめんなさいって。わがままでごめんなさいって涙を浮かべながらさ……。俺、冷たい奴だから、泣けば済む話じゃないってそのときは思ったよ」
「ユウト……」
「けどさ、あんなこと言われちまったら、俺もサヤカちゃんを責められなくて。サヤカちゃんも……奇病なんだろ? 後悔のないように生きたいからって泣かれてさ。あんな風に言われたら、怒れなくなった。サヤカちゃんが迷っているのが伝わってきたから……」
「ユウト。やめてくれ」
サヤカは、ユウトに自身の病について打ち明けた。僕には話していないことを、他の人には話している。事情があったのだと理解しているはずなのに、僕の中によくわからない感情が湧き出てしまった。
僕だけじゃないか。なにも知らなかったのは……。
人伝に真実を知っていくのがみじめで。サヤカになにも教えてもらえなかったことが受け入れがたくて。
サヤカにとって僕はなんなんだろう。
「悪いな、ショウジ。これだけは言わせてくれ。俺、お前のお母さんの気持ちもわかるんだよ。サヤカちゃんの話をするたびに態度がおかしくなったんだろ? おばさんも、きっとサヤカちゃんと関わることでショウジの記憶が戻るのが怖かったんだと思うぞ。俺だって、同じ気持ちだから」
「そんな……ユウトまで……」
僕だって、死ぬのは怖い。
ユウトも母さんも、僕のためにサヤカと関わるなと忠告してくれているのもわかってる。
だけど……だからといって、サヤカと疎遠になるなんて、納得いかない。
サヤカはきっと悩んだはずだ。悩んだ末に僕と再会することを選んでくれた。彼女の選択は間違っていたのかもしれない。だけど、サヤカが会いにきてくれなければ、僕はなにも知らずにのうのうと生きていただろう。
サヤカだけ、僕を覚えたまま死を待つことになっていたのだろう。
そんなの、考えただけで悲しい。
「他に、方法はないのか……」
僕は、わがままだ。
「サヤカと離れるなんて嫌だ。どうにかできないのか」
彼女と同じくらい、僕はわがままだ。
これ以上過去を思い出さなくてもいい。忘れてもいい。思い出を捨ててでも、彼女のそばにいたい。