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いますぐサヤカに会いたい。会って話がしたい。
事実を確認しなくてはならない。彼女から、きちんと話をしてもらいたい。
だが、本鈴が鳴っても、サヤカは教室に姿を現さなかった。
担任が来て、出欠確認を取る。サヤカは欠席らしい。
今日も休み、なのか……。
ふと岸沼くんと目が合った。なんともいえない顔をしている。彼も、思うことがあるのだろうか。
ホームルームが終わり、授業が始まっても隣の席は空いたまま。サヤカのことが気になって仕方がない。中休みになったら、こっそりメッセージを送ってみよう。
《今日はどうして休みなんだ?》
《体調が悪いのか?》
《大丈夫?》
返事はこない。昼休みになっても、なんの音沙汰もなかった。
クラスメイトたちがそれぞれ昼食を摂る中、僕は机に座ったまま考えこんでいた。
「おい、ショウジ」
奇病の症状がなにか出たとか? サヤカも、頭痛に悩んでいたりしたのかな。でも、そんな素振り見せたことなかったし。
「なあ、聞いてるか?」
彼女の瞳は水色だ。水色は死期が近いと、岸沼くんが言っていた。もしそれが本当だったら……? 彼女の身に、なにかあったとしたら……? 一人暮らしのサヤカがもし家で倒れていたら?
「なあ、おいってば! 聞いてんのかよ、ショウジ!」
「……へっ?」
真横から叫ばれ、僕はハッとする。困り顔でこちらを見るユウトがいた。
「お前、俺が何回も呼んでるのに無視かよ」
「ご、ごめん。気づかなかった……」
「ボーッとしすぎだよ。なに考えてたんだ?」
「……サヤカのこと。ずっと、考えてる」
僕がそう言うと、いまのいままで不敵な笑みを浮かべていたユウトの顔が一変。目を見開き、瞬きの数も倍になった。
僕の手を引っ張ると、早足で教室から抜け出す。
ユウトが僕を連れてきたのは、体育館裏にある石段の上だった。今日も、誰か通る気配はない。
深呼吸して、ユウトは顔を赤くした。
「ショウジ、本気か?」
「……なにが」
「サヤカちゃんのこと、ガチで好きなのかよ?」
ユウトの声が、上ずった。調子づいていると思いきや、彼の目は真剣そのもの。
サヤカのことは、好きだよ。クラスメイトとして。友だちとして。幼なじみとして。それに……
「僕の心が、彼女を忘れられないんだよ」
自然と口に出た言葉。僕が考えて言ったわけじゃなく、僕の記憶が語っている台詞に思う。
「でも、このままじゃいけないんだ」
焦りと不安を交えた感情が湧き出る。
だって、このままだと僕たちは奇病によって亡くなる。高校卒業まで生きられないかもしれないし、進級する前に死ぬかもしれない。はたまた明日最期を迎えるかもしれないし、最悪今日この命を絶つのかもしれない。
白鳥先生は言っていた。瞳の色が変わったら、すぐ教えてくれと。おそらく、そのときになって余命が宣告されるのだろう。
頭では冷静になっているつもりでも、さっきから冷や汗が止まらない。
隣で、ユウトは相変わらずの真剣な眼差しを僕に向けている。
「ショウジ……お前、大丈夫なのか?」
探るように、ユウトはそう問いかけてくる。
話さない方がいい。僕が奇病を患っているなんて。ユウトは奇病は都市伝説みたいなもの、と笑っていた。身近なものとして捉えていなかった。僕が奇病だと伝えても、信じてくれない可能性だってある。ありえないと言って笑い飛ばすかもしれない。
僕はそう思っているのに──なぜだろう。
なぜ、ユウトは「大丈夫なのか」と訊いてきたんだ? なぜ、そんなに不安そうな顔をしているんだ?
ユウトは、なにも知らないはずだろ……?
「僕は、大丈夫だよ」
「……嘘つくな」
「嘘? なにが」
「正直に話してくれ。お前、俺に言ってないことがあるだろ?」
「なんの話か、さっぱりだ」
「俺、知ってるんだからな。でも、お前の口からしっかり言ってくれないと、信じられねえんだよ」
「……」
ユウトの様子が、おかしい。「知ってる」って。ユウトは、なにを知ってるんだよ……?
僕の肩をがしっと掴み取り、ユウトは声を震わせた。
「ショウジ。お前、目の色が明らかに違うよな。この前まで紫色だったのに、いまは水色だよな……!?」
「それが、どうしたんだよ」
「とぼけるな! わかってんだろ、全部……! お前の言葉できちんと話してくれ。俺には誤魔化さないでほしい。お願いだよ!」
ユウトは涙目になる。
必死に僕に訴えてくるユウトを見て、僕は胸が痛くなった。
この口ぶり。いつもちゃらけてるユウトとは全く違う。なんで、そんな泣きそうな顔をするんだ。
「ユウト……なんでだ?」
まさか、ユウトは事情を知ってるのか。
「知らないはずだろ? ユウトには、なにも話してないのに」
「ああ。お前からはなんにも聞いてねえ。だから、お前の言葉で説明してほしいってさっきから言ってんだろ!」
もしかして、サヤカから聞いたのかな。もしくは母さんか?
「お前……もう、サヤカちゃんと関わるのはやめろ。ショウジに死んでほしくねぇ」
ついにユウトは大粒の涙をこぼした。
やっぱり。ユウトは知ってるんだ。
僕自身もまだ自分が奇病に罹ってると信じたくないのに。
「黙ってて、ごめん、ユウト」
ユウトの手にそっと触れ、僕は全てを語った。
どうやら僕は、奇病に罹っているみたいなんだと。