なんだよ、これ。「久しぶり」だなんて、僕は一切思っていないのに!
一人困惑する僕に対して、彼女は目を輝かせるんだ。
「そう。そうだよね! 小学校以来だもんねぇ」
「小学校が一緒だったのか」
「ん、なに?」
「いや。なんでもないです」
ああ、まずい。まずいぞ。小学校って、どっちのことを言っているんだろう。
小五のとき、僕は引っ越しを機に転校した。彼女は、僕が転校する前に通っていた北小学校出身なのだろうか。それとも転校先の小学校で一緒になったのだろうか。
いや、こうなってしまったら、まずは名前だ。名前を先に聞いてみよう。そうすれば思い出せるかもしれない。
「そういえば……君のあだ名って、なんだったっけな」
「あだ名? なんで急に?」
「ええっと。なんとなく」
「一部の子からはサヤちゃんって呼ばれてたよ。でもさすがにいまは『サヤカ』って呼ぶ友だちが多いかな」
サヤカ。
なるほど。この子はサヤカというのか。
頭をフル回転させて、サヤカという名の女友だちを探る。
が──どうしても出てこない。
やはり、僕とは全くの別人と勘違いされているっていうオチじゃないのか?
しかしサヤカの次の言葉で、僕の考えはあっさりと否定される。
「白鳥先生は元気?」
「えっ」
その名を聞いて、僕は目を見開いた。
なんでだよ……どうして、この子が先生の名を。
「白鳥先生を知っているのか」
「知ってるよ。白鳥先生は、入院したときからお世話になってる先生だもの。ショウくん、いまも病院に通ってるよね?」
はいもいいえも言えず、僕は固まってしまう。
彼女の言うとおり。僕は過去に入院していた時期があった。身体が弱くて治療を受けるため、小四の夏頃から小五の夏休み前までの間ずっと入院していた。
そんなことを知っているのは、主に僕が転校する前の友人たち──つまり北小学校の人たちだ。引っ越し後に出会った一人の友だちに入院の件を話したことはあるが、その相手は男子だ。
つまりサヤカは北小出身の可能性が非常に高い、ということになる。
だからといって、なぜ彼女が僕の主治医の先生を知っているのだろう?
謎が増えるばかりで、なんにも思い出せない。
もう一度訊こうとした。「なぜ君が白鳥先生を知っているの」と。
しかしその直前──
突如として頭に痛みが走った。
「……っ!」
声にならない叫び。僕は頭を抑えた。
まただ……定期的にくる偏頭痛。鎮痛剤を飲んでも、この痛みは突然にやってくる。
けれど、今日はいつもより痛みが強いのは気のせいだろうか。
「ショウくん? 大丈夫!?」
「気にするな。よくあるんだ……」
痛みに波ができた数秒後、徐々に頭痛が治まっていく。
心配そうな眼差しでこちらを見るサヤカは声を震わせ、
「ねえ、平気? 保健室行った方がいいんじゃない……?」
「いや……いい」
「でも」
「いいから心配しないで」
大したことはない。余計な心配はかけたくないんだ。
数分経ってから、頭痛は嘘のようになくなった。いつもと同じ。もう何年も、この痛みと付き合っている。うんざりだった。
僕たちが話しているうちに、いつの間にか他のクラスメイトたちもぎこちないながらにお喋りをしていた。
だが僕とサヤカはすっかり無言を貫いている。突如襲ってくる頭の痛みのせいで、変な空気が流れてしまった。
一体、この子はなんなんだろう。隣の席に座る見知らぬ少女。
彼女の瞳は、海の色。そして、僕の目は【紫色】だ──
窓に顔を向け、ガラスに映る自分を見つめた。うっすらと窓ガラスに浮かぶ僕の瞳は、いつだって紫に光っている。僕と同じように、珍しい色の瞳の持ち主と初めて出会った。
それに、彼女は僕を幼い頃から知っているかのような発言をたくさんした。出会って数分の間、何度も何度も。
僕は彼女のことを覚えていない。それなのに、あまりにもフレンドリーに話しかけてくる彼女に、僕はどういうわけか嘘をついてしまった。「久しぶり」と返事をしてしまった。
この言葉はすぐさま撤回しなければならない。できれば……いや、必ず今日中に、だ。
一人困惑する僕に対して、彼女は目を輝かせるんだ。
「そう。そうだよね! 小学校以来だもんねぇ」
「小学校が一緒だったのか」
「ん、なに?」
「いや。なんでもないです」
ああ、まずい。まずいぞ。小学校って、どっちのことを言っているんだろう。
小五のとき、僕は引っ越しを機に転校した。彼女は、僕が転校する前に通っていた北小学校出身なのだろうか。それとも転校先の小学校で一緒になったのだろうか。
いや、こうなってしまったら、まずは名前だ。名前を先に聞いてみよう。そうすれば思い出せるかもしれない。
「そういえば……君のあだ名って、なんだったっけな」
「あだ名? なんで急に?」
「ええっと。なんとなく」
「一部の子からはサヤちゃんって呼ばれてたよ。でもさすがにいまは『サヤカ』って呼ぶ友だちが多いかな」
サヤカ。
なるほど。この子はサヤカというのか。
頭をフル回転させて、サヤカという名の女友だちを探る。
が──どうしても出てこない。
やはり、僕とは全くの別人と勘違いされているっていうオチじゃないのか?
しかしサヤカの次の言葉で、僕の考えはあっさりと否定される。
「白鳥先生は元気?」
「えっ」
その名を聞いて、僕は目を見開いた。
なんでだよ……どうして、この子が先生の名を。
「白鳥先生を知っているのか」
「知ってるよ。白鳥先生は、入院したときからお世話になってる先生だもの。ショウくん、いまも病院に通ってるよね?」
はいもいいえも言えず、僕は固まってしまう。
彼女の言うとおり。僕は過去に入院していた時期があった。身体が弱くて治療を受けるため、小四の夏頃から小五の夏休み前までの間ずっと入院していた。
そんなことを知っているのは、主に僕が転校する前の友人たち──つまり北小学校の人たちだ。引っ越し後に出会った一人の友だちに入院の件を話したことはあるが、その相手は男子だ。
つまりサヤカは北小出身の可能性が非常に高い、ということになる。
だからといって、なぜ彼女が僕の主治医の先生を知っているのだろう?
謎が増えるばかりで、なんにも思い出せない。
もう一度訊こうとした。「なぜ君が白鳥先生を知っているの」と。
しかしその直前──
突如として頭に痛みが走った。
「……っ!」
声にならない叫び。僕は頭を抑えた。
まただ……定期的にくる偏頭痛。鎮痛剤を飲んでも、この痛みは突然にやってくる。
けれど、今日はいつもより痛みが強いのは気のせいだろうか。
「ショウくん? 大丈夫!?」
「気にするな。よくあるんだ……」
痛みに波ができた数秒後、徐々に頭痛が治まっていく。
心配そうな眼差しでこちらを見るサヤカは声を震わせ、
「ねえ、平気? 保健室行った方がいいんじゃない……?」
「いや……いい」
「でも」
「いいから心配しないで」
大したことはない。余計な心配はかけたくないんだ。
数分経ってから、頭痛は嘘のようになくなった。いつもと同じ。もう何年も、この痛みと付き合っている。うんざりだった。
僕たちが話しているうちに、いつの間にか他のクラスメイトたちもぎこちないながらにお喋りをしていた。
だが僕とサヤカはすっかり無言を貫いている。突如襲ってくる頭の痛みのせいで、変な空気が流れてしまった。
一体、この子はなんなんだろう。隣の席に座る見知らぬ少女。
彼女の瞳は、海の色。そして、僕の目は【紫色】だ──
窓に顔を向け、ガラスに映る自分を見つめた。うっすらと窓ガラスに浮かぶ僕の瞳は、いつだって紫に光っている。僕と同じように、珍しい色の瞳の持ち主と初めて出会った。
それに、彼女は僕を幼い頃から知っているかのような発言をたくさんした。出会って数分の間、何度も何度も。
僕は彼女のことを覚えていない。それなのに、あまりにもフレンドリーに話しかけてくる彼女に、僕はどういうわけか嘘をついてしまった。「久しぶり」と返事をしてしまった。
この言葉はすぐさま撤回しなければならない。できれば……いや、必ず今日中に、だ。