サヤカは、制服姿だった。今日は学校に行ったんだな。
なんともいえない表情を浮かべて、彼女はじっと僕の瞳を見つめてきた。きっと、僕の目の色が変わったことに気がついたのだろう。
けれど、彼女はなにも言わなかった。
「サヤカ、あのさ」
どこから質問すればいいか迷ってしまう。
体調は大丈夫か? どうしてメッセージをくれなかったんだ? デートをキャンセルした理由は? 昨日、母と駅でなにを話していた?
三つの質問は、訊くのに勇気がいる。サヤカは何事もなかったかのような態度を取っているし、余計に言いづらい……。
だったらまず先に問うべきことは自ずと決まってくる。
「体調は大丈夫なのか?」
「え? 体調って?」
「昨日、学校休んでただろ」
「あっ……」
サヤカはいたずらっぽく笑う。
「実は、ずる休みしたの」
「……は?」
サヤカがずる休み? 真面目なイメージがあるのに、かなり意外だ。
「あのね、ろこが寂しそうにしてたから、昨日は一日一緒にいたんだ~」
「……」
こっちの気も知らずに、サヤカは楽しそうにろこの話をはじめた。「ろこはとってもお利口なんだよ。トイレは一回で覚えるし、遊んでほしいときはおもちゃを咥えて渡してくるの。いまではすっかり元気になって、やんちゃしてるんだよ」と。
昨日、僕はずっとサヤカを心配してたのに、本人はなんでもない一日を過ごしてたってわけか。言いようのない、変な感情が湧き出てくる。
──でも、話を聞いていた僕は、彼女が嘘を言っているとふと気がついた。
「本当にろこが理由で休んでたのか?」
「うん、そうだよ」
彼女は即答し、笑顔を貫いているが、声が一瞬だけ震えたのを僕は聞き逃さなかった。
「僕、見たんだよ」
「見たってなにを?」
「サヤカが朝、駅前で誰かと話していたのを」
「……え?」
サヤカは目を見開き、僕から顔を背けた。言い訳を考えるかのように数秒間黙り込むが、すぐに口を開いた。それも、わざとらしい明るい声で。
「そうだった! 私、家出たあとに忘れ物しちゃったの。帰ったら、ろこが寂しそうに鳴いてたんだよ。それで、今日はもう学校行かなくていいやって」
苦しい言い訳だが、サヤカがそう言うならひとまず信じたふりをしよう。
僕はさらに詰め寄る。
「駅前で誰となにを話してたんだ?」
「え……誰って? 知らない人だよ」
嘘だろ。サヤカまで、シラを切るつもりか?
無理があるよ。君は、僕の幼なじみなんだろ? それが本当なら、僕の母親を知らないと言う方が不自然じゃないか。うちの母親と話していたと、絶対にサヤカは自覚してるはずだ。
「お願いだ、誤魔化さないでくれ。駅にいたのは、うちの母親だぞ。わかってるだろ? 二人でなにを話してたんだ」
「し、知らないよ。ショウくんのお母さんとなにも話してないっ」
サヤカには、もはや笑顔はない。首をぶんぶんと振り、見るからに焦っている。
サヤカも、僕になにかを隠しているのか。
母やコハルだけじゃなく、サヤカまで様子がおかしい。
もういい加減、僕だけなにも知らない状況に嫌気が差してきた。
「なあ、教えてくれよサヤカ! みんな、僕になにを隠してるんだ!?」
勢いで、彼女の両肩を掴み取った。
驚いたようにサヤカは目を見張る。
ハッとして僕は手を放した。
「ご、ごめん……」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。ショウくんに、なんにも話せてない。まだ、迷ってるの。答えが出なくて」
「答えって?」
「私たちの『約束』を思い出すべきか。それとも──ショウくんの命を優先にすべきか」
「は……? どういう意味だ、それ……?」
「こんなの、迷うべきことじゃないのにね……」
サヤカは、涙声になって俯いた。
全く理解できない話に、僕は首を傾げる。
なんの話だよ。約束だとか、命を優先にすべきかって……。
「私もね、本当のこと話したいよ。包み隠さず、全部を。でももし、ショウくんが私のことを思い出したら、ショウくんが危ないの。死んじゃうかもしれないんだよ……?」
嘘だろ。ついに彼女まで、母さんと同じような戯言をはじめた。
僕が死ぬかもしれない? サヤカを思い出したら? どう考えたって、ありえないだろ。
「信じられないよね。でも、ショウくんの目の色、青色になってるよね? 私、怖いの。ショウくんまで苦しい想いをすることになっちゃったら。そんなの、絶対に嫌だから!」
「お、おい。落ち着けよ。サヤカ、どうしたんだ」
サヤカまで僕の目を気にしている。青色に変わっただけで、どうしてそんなに取り乱すのか。
サヤカを落ち着かせようと、思わず僕は彼女の手を握りしめる。その指先は、驚くほど冷たくなっていた。
母の言っていたことは、戯れ言じゃなかったのか……? それとも、サヤカまでおかしくなってしまったのか……? なにを信じればいいのかもわからず、僕の頭は混乱している。
このとき、額に冷たい雫が当たった。空を見上げると──ポツポツと雨が降ってきているではないか。雨雲が果てしなく広がっているので、しばらく雨は止みそうにない。
本来ならここで帰るべきなのだろうが、僕は家に帰るつもりはない。
せめて、サヤカだけでも帰らせないと。
「雨が降ってきた。もう、帰ろう」
「……」
「なあ、サヤカ。聞いてるか?」
「……」
彼女は俯いたまま、返事をしてくれない。
そっと顔を覗き込むと、サヤカは力のない様で僕を見てきた。
それから、弱々しくこう言った。
「ショウくん。いまからうちに来て」
なんともいえない表情を浮かべて、彼女はじっと僕の瞳を見つめてきた。きっと、僕の目の色が変わったことに気がついたのだろう。
けれど、彼女はなにも言わなかった。
「サヤカ、あのさ」
どこから質問すればいいか迷ってしまう。
体調は大丈夫か? どうしてメッセージをくれなかったんだ? デートをキャンセルした理由は? 昨日、母と駅でなにを話していた?
三つの質問は、訊くのに勇気がいる。サヤカは何事もなかったかのような態度を取っているし、余計に言いづらい……。
だったらまず先に問うべきことは自ずと決まってくる。
「体調は大丈夫なのか?」
「え? 体調って?」
「昨日、学校休んでただろ」
「あっ……」
サヤカはいたずらっぽく笑う。
「実は、ずる休みしたの」
「……は?」
サヤカがずる休み? 真面目なイメージがあるのに、かなり意外だ。
「あのね、ろこが寂しそうにしてたから、昨日は一日一緒にいたんだ~」
「……」
こっちの気も知らずに、サヤカは楽しそうにろこの話をはじめた。「ろこはとってもお利口なんだよ。トイレは一回で覚えるし、遊んでほしいときはおもちゃを咥えて渡してくるの。いまではすっかり元気になって、やんちゃしてるんだよ」と。
昨日、僕はずっとサヤカを心配してたのに、本人はなんでもない一日を過ごしてたってわけか。言いようのない、変な感情が湧き出てくる。
──でも、話を聞いていた僕は、彼女が嘘を言っているとふと気がついた。
「本当にろこが理由で休んでたのか?」
「うん、そうだよ」
彼女は即答し、笑顔を貫いているが、声が一瞬だけ震えたのを僕は聞き逃さなかった。
「僕、見たんだよ」
「見たってなにを?」
「サヤカが朝、駅前で誰かと話していたのを」
「……え?」
サヤカは目を見開き、僕から顔を背けた。言い訳を考えるかのように数秒間黙り込むが、すぐに口を開いた。それも、わざとらしい明るい声で。
「そうだった! 私、家出たあとに忘れ物しちゃったの。帰ったら、ろこが寂しそうに鳴いてたんだよ。それで、今日はもう学校行かなくていいやって」
苦しい言い訳だが、サヤカがそう言うならひとまず信じたふりをしよう。
僕はさらに詰め寄る。
「駅前で誰となにを話してたんだ?」
「え……誰って? 知らない人だよ」
嘘だろ。サヤカまで、シラを切るつもりか?
無理があるよ。君は、僕の幼なじみなんだろ? それが本当なら、僕の母親を知らないと言う方が不自然じゃないか。うちの母親と話していたと、絶対にサヤカは自覚してるはずだ。
「お願いだ、誤魔化さないでくれ。駅にいたのは、うちの母親だぞ。わかってるだろ? 二人でなにを話してたんだ」
「し、知らないよ。ショウくんのお母さんとなにも話してないっ」
サヤカには、もはや笑顔はない。首をぶんぶんと振り、見るからに焦っている。
サヤカも、僕になにかを隠しているのか。
母やコハルだけじゃなく、サヤカまで様子がおかしい。
もういい加減、僕だけなにも知らない状況に嫌気が差してきた。
「なあ、教えてくれよサヤカ! みんな、僕になにを隠してるんだ!?」
勢いで、彼女の両肩を掴み取った。
驚いたようにサヤカは目を見張る。
ハッとして僕は手を放した。
「ご、ごめん……」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。ショウくんに、なんにも話せてない。まだ、迷ってるの。答えが出なくて」
「答えって?」
「私たちの『約束』を思い出すべきか。それとも──ショウくんの命を優先にすべきか」
「は……? どういう意味だ、それ……?」
「こんなの、迷うべきことじゃないのにね……」
サヤカは、涙声になって俯いた。
全く理解できない話に、僕は首を傾げる。
なんの話だよ。約束だとか、命を優先にすべきかって……。
「私もね、本当のこと話したいよ。包み隠さず、全部を。でももし、ショウくんが私のことを思い出したら、ショウくんが危ないの。死んじゃうかもしれないんだよ……?」
嘘だろ。ついに彼女まで、母さんと同じような戯言をはじめた。
僕が死ぬかもしれない? サヤカを思い出したら? どう考えたって、ありえないだろ。
「信じられないよね。でも、ショウくんの目の色、青色になってるよね? 私、怖いの。ショウくんまで苦しい想いをすることになっちゃったら。そんなの、絶対に嫌だから!」
「お、おい。落ち着けよ。サヤカ、どうしたんだ」
サヤカまで僕の目を気にしている。青色に変わっただけで、どうしてそんなに取り乱すのか。
サヤカを落ち着かせようと、思わず僕は彼女の手を握りしめる。その指先は、驚くほど冷たくなっていた。
母の言っていたことは、戯れ言じゃなかったのか……? それとも、サヤカまでおかしくなってしまったのか……? なにを信じればいいのかもわからず、僕の頭は混乱している。
このとき、額に冷たい雫が当たった。空を見上げると──ポツポツと雨が降ってきているではないか。雨雲が果てしなく広がっているので、しばらく雨は止みそうにない。
本来ならここで帰るべきなのだろうが、僕は家に帰るつもりはない。
せめて、サヤカだけでも帰らせないと。
「雨が降ってきた。もう、帰ろう」
「……」
「なあ、サヤカ。聞いてるか?」
「……」
彼女は俯いたまま、返事をしてくれない。
そっと顔を覗き込むと、サヤカは力のない様で僕を見てきた。
それから、弱々しくこう言った。
「ショウくん。いまからうちに来て」