カーテンの隙間から、朝陽が差し込んでくる。
 一睡もできなかった割には、妙に頭が冴えていた。
 それよりも、目の回りが痛い。
 僕はゆっくりと起き上がり、ベッドガードを越えて立ち上がった。点滴を引きずりながら、歩いて数歩先にある洗面台の前に立つ。
 鏡の向こうの自分と目が合った。
 ……なんて酷い顔だ。目の下にクマができているし、顔が青白くなっている。一晩寝ていないだけで、こうなってしまうのか。
 それに──瞳の色は今日も青色(・・)だった。

 自分の顔を見れば見るほど別人に感じてしまう。水で顔を洗い、ベッドに戻った。
 サヤカからの返信はいまもなお来ていない。彼女の体調がどうなったのかもわからないし、土曜日の約束をキャンセルした理由も教えてもらってない。
 納得できるわけがない。返事をくれないなら、直接会って訊いてみるしかないよな。
 学校に行かなければ。今日サヤカは登校するかもしれないし。

 僕は寝起きの頭で、これからの予定を組み立て始めた。このまま退院できるなら、午前十時には病院を出られるだろう。母さんが車で迎えに来てくれるとして、家まではだいたい一時間弱。多めに見ても、十一時には帰れる。帰ったらすぐに制服に着替えて準備をして、三十分で家を出て──
 順調にいけば昼休みには学校に着く。遅れても、五時間目の授業には参加できるはずだ。サヤカが登校していたら、放課後に話をしよう。
 一日のスケジュールを決めた僕は、サヤカとの会話のイメージトレーニングも怠らなかった。

 だが、これには母が許さなかった。
 朝八時半頃、白鳥先生が僕の様子を診に来てくれた。顔色が悪いと驚かれたが、僕は夜寝ていないことを正直に告げた。頭痛はないし、食欲もあるし、その他とくに問題はなかったので無事に退院できた。帰り際、先生に「無理をしないで過ごしてください」と念を押されたが。

 母さんに迎えにきてもらい、家に着いたのは十時五十分頃。自室でこそこそと制服に着替えていたところを、母親に見られてしまったのだ。

「ショウジ、なにしてるの? まさか、学校に行くつもり?」

 僕はわざと大きなため息を吐いた。

「そうだけど。なんか問題あるか?」
「さっき退院したばかりなのよ! 今日くらいは……いえ、しばらくは家で休んでなさい!」
「は? 僕はもう、こんなに元気なんだぞ。休む意味がわからない」
「いまは薬が効いてるから動けるだけ! 退院してすぐに学校行くなんて……どういうつもり!?」

 ああ、鬱陶しいな。息子が学校へ行くことに文句を言う母親がいるか? 普通はサボったりしたら注意するもんだろ。
 僕が鞄を背負って玄関に向かおうとすると、腕を掴まれてしまった。母さんの手は、震えている。

「まさか……ショウジ。サヤカちゃんに会いに行こうとしているの?」

 酷く暗い声だった。

「母さんには関係ない」
「そんな理由で学校に行くなんて許しません」
「いや、違う。ただ……もうすぐテストがあるんだ。サボってられないよ」
「だったら、今日くらいは休んで!」

 母さんは、奇声を上げるように言葉を投げつけた。
 やっぱり、おかしい。母さんの態度に、いよいよ僕の怒りが爆発した。
 僕の腕を握る母さんの手を思いっきり振りほどいた。

「うるせぇよ、さっきから! 母さん、おかしいぞ。どうしてサヤカの件になるとそこまでヒステリックになるんだ? 彼女について、なにか知ってるんだろ?」
「いえ……知らない。知らないわ。わたしはただあんたを思って……」
「だったらいちいち口出しするな! 僕が誰と関わろうが母さんには関係ない!」

 僕はいままでの鬱憤を晴らすように怒鳴り込んでやった。
 束の間、母は悲しそうな表情を浮かべる。

「でも……でもね、ショウジ。聞いて。このままじゃ、あんたのためにならないの。死ぬかもしれない(・・・・・・・・)のよ……?」
「は……?」

 思いがけないひとことに、僕は絶句した。
 死ぬかもしれない? どうしてそういう話になるんだ。

「なに言ってるんだ、母さん」
「あの、ね……このままサヤカちゃんと一緒にいたら、あなたの命に関わるかもしれないの……」
「サヤカと一緒にいたら? そんなバカな話があるか。僕とサヤカが関わるのが嫌で、嘘をついてるんだろ。くだらない」
「本当。本当なの……! ねえ、ショウジ。信じて! お願い……! あなたを死なせたくないの……!」

 母さんは、歯をガタガタと震わせた。大粒の涙を流し、その場にうずくまった。

 ──やっぱり、母さんはおかしい。なんで僕がサヤカと関わると死ぬんだよ。精神的におかしくなってしまったんじゃないのか……?

 あまりにも信じかたい話に、僕は母さんの言うことを信じようともしなかった。もう、構ってられない。どうだっていい。
 とにかくいまは、母と離れたかった。一人になりたかった。

 スマートフォンだけを手に持ち、僕は逃げるように家を飛び出した。