帰り道は、ほぼ上の空だった。なんともいえない気持ちが、僕の胸を締めつける。
電車に揺られ、地元の駅で降りて、いつもと同じ帰り道を歩いていく。
気づかぬうちに、空には雲が広がっていた。太陽が姿を隠し、光のない道は僕のいまの心情のように暗かった。
自宅マンションが見えてきた。隣に建つサヤカが住むアパートも目に映る。通りかかったとき、僕の足は自然と止まった。
こじんまりとしたエントランス。その向こうに、サヤカがいるはず。けれど、僕は彼女が何号室に住んでいるのか知らない。
「……て、知ってたらいきなり押しかけるつもりかよ?」
思わず自問した。
そんなの、迷惑になるだけだろ。僕はなにを考えているんだ。連絡が来ていないだけで悶々としたり、彼女のタイムラインをチェックしたり、アパートの前でよからぬことを考えたり。自分が彼女に執着しているようで、気分が悪くなった。
──僕って意外にヤバイ奴なのかも。やってることが、ストーカーっぽい。いけない。やめるべきだ!
ぶんぶんと首を横に振り、僕は急いで自宅に駆け込んだ。
玄関に入り、深く深く息を吐く。
今日の僕はおかしい。サヤカが学校に来ていないだけで気になってしまう。返事が遅いだけで心配になってしまう。
一体、どうしてしまったんだ……?
鞄を放り投げ、玄関にへたり込む。ローファーを脱ごうと手を伸ばしたとき、あることに気がついた。
「母さんの靴だ」
いつもなら仕事に出ているはずの母の靴が置かれていた。おかしいと思い、ローファーを脱いでからリビングへ向かうと──
父の仏壇の前に、母が座っていた。
ぼんやりと遺影を眺めている母の横顔は無だ。
「……ショウジ。帰ったのね」
こちらを振り向く母の声は、いつになく低く暗い。
「母さん、仕事は?」
「……ちょっとね。今日は休んだの」
「平日に休みなんて珍しい」
「いいじゃない。たまにはゆっくりしたいの」
そう話す母の目は、疲れがたまっているように見えた。
──今日は休みだったのに、なんで朝早くからいなかったんだろう。駅にいたよな。サヤカとなにを話していたんだ?
すぐに疑問が頭に浮かぶ。
僕は母の横に立ち、口を開いた。
「なあ母さん。今朝、早くからどこ行ってたんだ?」
「……買い物よ」
「ずいぶん朝早いんだな」
「買い忘れたものがあったから、コンビニに行ってただけよ」
「本当か? 僕が朝起きてから家を出るまで、長い時間帰ってこなかったじゃないか」
「そうね。少し遠くまで行ってたから」
「どうしてわざわざ」
「いいじゃない、そんなことどうだって」
「よくないよ。ずっとコンビニにいたのか?」
「ええ。そうよ」
──母は、嘘をついている。そんな誤魔化し、すぐにバレるぞ。
「あのさ、見たんだ。今朝、母さんのこと」
「……え? どこで」
「駅で」
「……」
母の目が泳いだ。
どうして動揺するクセに、誤魔化そうとするんだろう。
僕の中で、怒りの感情がじわじわと湧き出てきた。
「サヤカと、話してたよな」
僕がはっきり疑問をぶつけると、母は苦笑した。
「サヤカちゃん……? なんのこと?」
「とぼけるなよ。朝、登校中に見たんだよ。母さんがサヤカと話していたところを!」
「ええっと。もしかして、駅前で声をかけてきた女の子のこと? あの子が、サヤカちゃんなの?」
早口で母はあくまでもシラを切る。
けれど僕の怒りのボルテージは上がっていく一方だ。
「いい加減にしろよ! 母さん、正直に言えよ! サヤカのこと、なにか知ってるんだろ?」
「いいえ、知らない」
「だったらなんで駅で話してたんだよ!」
僕はしゃがみこみ、母の顔を覗き込もうとするが、全く目を合わせてくれない。
なんで、どうして。母さんは明らかになにか事情を知っている。サヤカのことを知っている。嘘をつくなら隠し通せよ。僕を騙したいなら、態度に出すなよ。それに、僕があの時間に駅を通ることくらいわかってるはずだろ。なんで人目のつくところでサヤカと話してたんだよ。
中途半端なことをして、僕をイラつかせないでくれ……!
そう叫ぼうとしたときだった。
まただ……。また、きた。あの、偏頭痛が。
頭の中をバットで殴られたような感覚がする。前よりも、痛みが増して──僕はたまらず倒れ込んだ。
「ショウジ!?」
母さんの叫ぶ声が聞こえた。でも、その声はどんどん遠のいていく。
「しっかりして! ショウジ……!」
返事が、できない。声を出そうとしてるのに、喉の奥で言葉が止まってしまう。
いつもよりも明らかに痛みが強い。気持ち悪くて、吐きそうだ。
なんなんだろう。どうなってるんだろう。まずいんじゃないか、これは……?
この痛みから逃げるように、体の力が抜けていった。
ほどなくして、僕は意識を失った。
電車に揺られ、地元の駅で降りて、いつもと同じ帰り道を歩いていく。
気づかぬうちに、空には雲が広がっていた。太陽が姿を隠し、光のない道は僕のいまの心情のように暗かった。
自宅マンションが見えてきた。隣に建つサヤカが住むアパートも目に映る。通りかかったとき、僕の足は自然と止まった。
こじんまりとしたエントランス。その向こうに、サヤカがいるはず。けれど、僕は彼女が何号室に住んでいるのか知らない。
「……て、知ってたらいきなり押しかけるつもりかよ?」
思わず自問した。
そんなの、迷惑になるだけだろ。僕はなにを考えているんだ。連絡が来ていないだけで悶々としたり、彼女のタイムラインをチェックしたり、アパートの前でよからぬことを考えたり。自分が彼女に執着しているようで、気分が悪くなった。
──僕って意外にヤバイ奴なのかも。やってることが、ストーカーっぽい。いけない。やめるべきだ!
ぶんぶんと首を横に振り、僕は急いで自宅に駆け込んだ。
玄関に入り、深く深く息を吐く。
今日の僕はおかしい。サヤカが学校に来ていないだけで気になってしまう。返事が遅いだけで心配になってしまう。
一体、どうしてしまったんだ……?
鞄を放り投げ、玄関にへたり込む。ローファーを脱ごうと手を伸ばしたとき、あることに気がついた。
「母さんの靴だ」
いつもなら仕事に出ているはずの母の靴が置かれていた。おかしいと思い、ローファーを脱いでからリビングへ向かうと──
父の仏壇の前に、母が座っていた。
ぼんやりと遺影を眺めている母の横顔は無だ。
「……ショウジ。帰ったのね」
こちらを振り向く母の声は、いつになく低く暗い。
「母さん、仕事は?」
「……ちょっとね。今日は休んだの」
「平日に休みなんて珍しい」
「いいじゃない。たまにはゆっくりしたいの」
そう話す母の目は、疲れがたまっているように見えた。
──今日は休みだったのに、なんで朝早くからいなかったんだろう。駅にいたよな。サヤカとなにを話していたんだ?
すぐに疑問が頭に浮かぶ。
僕は母の横に立ち、口を開いた。
「なあ母さん。今朝、早くからどこ行ってたんだ?」
「……買い物よ」
「ずいぶん朝早いんだな」
「買い忘れたものがあったから、コンビニに行ってただけよ」
「本当か? 僕が朝起きてから家を出るまで、長い時間帰ってこなかったじゃないか」
「そうね。少し遠くまで行ってたから」
「どうしてわざわざ」
「いいじゃない、そんなことどうだって」
「よくないよ。ずっとコンビニにいたのか?」
「ええ。そうよ」
──母は、嘘をついている。そんな誤魔化し、すぐにバレるぞ。
「あのさ、見たんだ。今朝、母さんのこと」
「……え? どこで」
「駅で」
「……」
母の目が泳いだ。
どうして動揺するクセに、誤魔化そうとするんだろう。
僕の中で、怒りの感情がじわじわと湧き出てきた。
「サヤカと、話してたよな」
僕がはっきり疑問をぶつけると、母は苦笑した。
「サヤカちゃん……? なんのこと?」
「とぼけるなよ。朝、登校中に見たんだよ。母さんがサヤカと話していたところを!」
「ええっと。もしかして、駅前で声をかけてきた女の子のこと? あの子が、サヤカちゃんなの?」
早口で母はあくまでもシラを切る。
けれど僕の怒りのボルテージは上がっていく一方だ。
「いい加減にしろよ! 母さん、正直に言えよ! サヤカのこと、なにか知ってるんだろ?」
「いいえ、知らない」
「だったらなんで駅で話してたんだよ!」
僕はしゃがみこみ、母の顔を覗き込もうとするが、全く目を合わせてくれない。
なんで、どうして。母さんは明らかになにか事情を知っている。サヤカのことを知っている。嘘をつくなら隠し通せよ。僕を騙したいなら、態度に出すなよ。それに、僕があの時間に駅を通ることくらいわかってるはずだろ。なんで人目のつくところでサヤカと話してたんだよ。
中途半端なことをして、僕をイラつかせないでくれ……!
そう叫ぼうとしたときだった。
まただ……。また、きた。あの、偏頭痛が。
頭の中をバットで殴られたような感覚がする。前よりも、痛みが増して──僕はたまらず倒れ込んだ。
「ショウジ!?」
母さんの叫ぶ声が聞こえた。でも、その声はどんどん遠のいていく。
「しっかりして! ショウジ……!」
返事が、できない。声を出そうとしてるのに、喉の奥で言葉が止まってしまう。
いつもよりも明らかに痛みが強い。気持ち悪くて、吐きそうだ。
なんなんだろう。どうなってるんだろう。まずいんじゃないか、これは……?
この痛みから逃げるように、体の力が抜けていった。
ほどなくして、僕は意識を失った。