──けれど、いくら待ってもサヤカからの返事はこなかった。
授業が終わり、帰りのホームルーム後にスマートフォンを確認してみるも、一向に彼女からの返信はない。いつもなら、メッセージの反応が早いんだけどな。
アプリのタイムラインも見てみたが、彼女はなにも投稿していないようだし、誰かにメッセージを送った形跡もない。リアクションすらしていない。
「……って、なにやってるんだ、僕は」
教室の角でひっそりとスマートフォンを眺める最中、僕は突然我にかえった。
いくらなんでも、他人のタイムラインを隅々までチェックするのは……我ながらキモすぎる。
気づいたときには、教室には誰もいなくなっていた。いつの間にか、みんな帰ったのか。それほど僕は長い時間、スマートフォンを見ていたらしい。
自身の行動に嫌悪感を抱き、僕は二度とサヤカのタイムラインを執拗に追いかけないと決めた。
そもそも彼女は体調不良で休んでいるのだし、ユウトが言っていたように登校途中で気分が悪くなったのかもしれないだろ。それで、いまは自宅で休んでるんだ。
そう、思うことにした。
鞄を持ち、さっさと教室を出ようとしたときだった。
「……あっ。若宮くん」
後ろドアから、岸沼くんが教室へ入ってきた。相変わらず黒縁眼鏡が似合う顔で、僕をじっと見てくる。
「岸沼くん、なんか忘れ物か?」
「まあね。資料を忘れちゃって」
「資料?」
「うん」
岸沼くんは自分の席の前に立つと、机の中を漁り始めた。それからすぐに、
「あっ。あった」
彼が中から取り出したのは、なにやらクリアファイルに入れられた大量のプリントだった。
「あのさ、若宮くん」
「なんだ?」
「奇病、って知ってるよね?」
プリントを眺めながら、岸沼くんは淡々とした口調で問いかけてきた。
奇病──知ってる。死者が出るたびにニュースになるから。この前も、ネット記事で読んだし。
「原因不明の病だろ? 最悪の場合、余命宣告されるって」
「一般的にはそう言われてるよね」
岸沼くんは僕の方に体を向けた。無表情で、こんなことを言い始めるんだ。
「でもさ、ネットやテレビの記事だけが全てじゃないとボクは思ってる」
「……えっ。それは、どういう意味だ?」
「マスコミは、余命宣告された患者はほぼ百パーセントの確率で命を落とすって煽ってるけど、そんなことないと思うんだよ。たしかに治療法がわからないし、奇病になった人たちは亡くなっていく。けど、謎が多い病気だからこそ、まだまだ明かされてない事実もあるってボクは考えてる」
岸沼くんはおもむろにプリントを僕に向ける。細かい文字や写真がびっしり印刷されていて──それは全て奇病に関する内容だった。
すぐさま資料を鞄にしまうと、岸沼くんは神妙な面持ちになる。
「何百年も前から存在している病のはずなのに、未だに解明されていないことが多い。どうして罹るのか、治療方法はないのか。それさえわかれば、奇病を恐れる必要はない。だからボク、この病に関して色々調べてるんだよね。ネットだけじゃなくて、古い資料も見たりしてるんだ」
「そう、なんだな。どうして岸沼くんは奇病についてそこまで真剣に調べてるんだ?」
なんとなく気になった疑問を僕が投げかけると、岸沼くんは眼鏡を光らせた。
「……過去に、身内が亡くなったんだよ」
「えっ」
「余命宣告されて、本当に死んじゃった。死ぬ前日まで、普通に生活してたのに。亡くなる当日も、眠るように静かに死んでいったよ」
「……そうだったんだ。悪かったな、変なこと聞いて」
「ううん。いいよ、若宮くんだから」
「え……僕だから?」
僕が首を傾げると、岸沼くんは微かに笑みをこぼした。
「とにかく、この病気は謎が多い。症状も人それぞれだし、余命期間もバラバラだ。いまのところはっきりしてるのは、死ぬときは脳が萎縮されることと、若い人がなる割合が高いことくらいかな」
岸沼くんはまた無表情になって、背を向けた。
クラスではあまり話さないけれど、ふとしたときに会話を交わしてみると彼は意外に饒舌だ。
教室の出口まで歩いていく途中、彼はもう一度足を止めてひとこと。
「ああ、それと。君と彼女の件について、なにかわかったら教えてあげるからね」
「えっ」
──彼女って。サヤカのことか。
「若宮くん、未だに思い出せないんでしょ? 彼女のこと」
「まあ、うん。そうだな……」
「このまま彼女に、誤魔化したまま接していくの? 思い出せてないのに、知ってるふりして」
冷たく言われ、僕は思わず眉間にしわを寄せた。
「まさか! ちゃんとサヤカには伝えた」
「え? 伝えたって?」
岸沼くんはゆっくりとこちらを振り返った。相変わらず無表情だが、眼鏡の奥で微かに瞳が揺れた。
「まさか、本人に直接言ったの? 『君は誰』って?」
「いや、そんな風には言ってないよ。『覚えてない』って言ったんだ……」
「ふーん」
眼鏡を正し、岸沼くんは頬を緩めた。
「それで、彼女はちゃんと教えてくれた? 思い出話を」
「いや……」
まだ、なにも訊いてない。というか、一日気まずい状況が続いたと思ったら、放課後になるとサヤカはまるで何事もなかったように接してきたし。それに彼女の言葉……「少しだけ待ってて」「答えを出してからどうするか決めていく」あの意味もよくわからない。
そこまで思い起こしたところで、僕は小さく首を振った。
こと細かく岸沼くんに教える必要はない。あくまでもこれは僕と彼女の問題なのだから。
「ああ、黙っているってことは、ボクには詳細を教えてくれるつもりはないみたいだね」
図星をつかれ内心ドキッとしたが、僕は空笑いをする。
「別にいいよ。ボクがやりたいようにやるから。君たちの悪いようにしないから安心してね」
そう言って、岸沼くんは教室を後にした。
僕一人になった室内は、再び静まり返る。
本当に、彼はなんなんだろう。調査員かなにかを気取ってるつもりなのか。あんまり関わりたくないな……。
気づけば僕は、手に汗を握っていた。
授業が終わり、帰りのホームルーム後にスマートフォンを確認してみるも、一向に彼女からの返信はない。いつもなら、メッセージの反応が早いんだけどな。
アプリのタイムラインも見てみたが、彼女はなにも投稿していないようだし、誰かにメッセージを送った形跡もない。リアクションすらしていない。
「……って、なにやってるんだ、僕は」
教室の角でひっそりとスマートフォンを眺める最中、僕は突然我にかえった。
いくらなんでも、他人のタイムラインを隅々までチェックするのは……我ながらキモすぎる。
気づいたときには、教室には誰もいなくなっていた。いつの間にか、みんな帰ったのか。それほど僕は長い時間、スマートフォンを見ていたらしい。
自身の行動に嫌悪感を抱き、僕は二度とサヤカのタイムラインを執拗に追いかけないと決めた。
そもそも彼女は体調不良で休んでいるのだし、ユウトが言っていたように登校途中で気分が悪くなったのかもしれないだろ。それで、いまは自宅で休んでるんだ。
そう、思うことにした。
鞄を持ち、さっさと教室を出ようとしたときだった。
「……あっ。若宮くん」
後ろドアから、岸沼くんが教室へ入ってきた。相変わらず黒縁眼鏡が似合う顔で、僕をじっと見てくる。
「岸沼くん、なんか忘れ物か?」
「まあね。資料を忘れちゃって」
「資料?」
「うん」
岸沼くんは自分の席の前に立つと、机の中を漁り始めた。それからすぐに、
「あっ。あった」
彼が中から取り出したのは、なにやらクリアファイルに入れられた大量のプリントだった。
「あのさ、若宮くん」
「なんだ?」
「奇病、って知ってるよね?」
プリントを眺めながら、岸沼くんは淡々とした口調で問いかけてきた。
奇病──知ってる。死者が出るたびにニュースになるから。この前も、ネット記事で読んだし。
「原因不明の病だろ? 最悪の場合、余命宣告されるって」
「一般的にはそう言われてるよね」
岸沼くんは僕の方に体を向けた。無表情で、こんなことを言い始めるんだ。
「でもさ、ネットやテレビの記事だけが全てじゃないとボクは思ってる」
「……えっ。それは、どういう意味だ?」
「マスコミは、余命宣告された患者はほぼ百パーセントの確率で命を落とすって煽ってるけど、そんなことないと思うんだよ。たしかに治療法がわからないし、奇病になった人たちは亡くなっていく。けど、謎が多い病気だからこそ、まだまだ明かされてない事実もあるってボクは考えてる」
岸沼くんはおもむろにプリントを僕に向ける。細かい文字や写真がびっしり印刷されていて──それは全て奇病に関する内容だった。
すぐさま資料を鞄にしまうと、岸沼くんは神妙な面持ちになる。
「何百年も前から存在している病のはずなのに、未だに解明されていないことが多い。どうして罹るのか、治療方法はないのか。それさえわかれば、奇病を恐れる必要はない。だからボク、この病に関して色々調べてるんだよね。ネットだけじゃなくて、古い資料も見たりしてるんだ」
「そう、なんだな。どうして岸沼くんは奇病についてそこまで真剣に調べてるんだ?」
なんとなく気になった疑問を僕が投げかけると、岸沼くんは眼鏡を光らせた。
「……過去に、身内が亡くなったんだよ」
「えっ」
「余命宣告されて、本当に死んじゃった。死ぬ前日まで、普通に生活してたのに。亡くなる当日も、眠るように静かに死んでいったよ」
「……そうだったんだ。悪かったな、変なこと聞いて」
「ううん。いいよ、若宮くんだから」
「え……僕だから?」
僕が首を傾げると、岸沼くんは微かに笑みをこぼした。
「とにかく、この病気は謎が多い。症状も人それぞれだし、余命期間もバラバラだ。いまのところはっきりしてるのは、死ぬときは脳が萎縮されることと、若い人がなる割合が高いことくらいかな」
岸沼くんはまた無表情になって、背を向けた。
クラスではあまり話さないけれど、ふとしたときに会話を交わしてみると彼は意外に饒舌だ。
教室の出口まで歩いていく途中、彼はもう一度足を止めてひとこと。
「ああ、それと。君と彼女の件について、なにかわかったら教えてあげるからね」
「えっ」
──彼女って。サヤカのことか。
「若宮くん、未だに思い出せないんでしょ? 彼女のこと」
「まあ、うん。そうだな……」
「このまま彼女に、誤魔化したまま接していくの? 思い出せてないのに、知ってるふりして」
冷たく言われ、僕は思わず眉間にしわを寄せた。
「まさか! ちゃんとサヤカには伝えた」
「え? 伝えたって?」
岸沼くんはゆっくりとこちらを振り返った。相変わらず無表情だが、眼鏡の奥で微かに瞳が揺れた。
「まさか、本人に直接言ったの? 『君は誰』って?」
「いや、そんな風には言ってないよ。『覚えてない』って言ったんだ……」
「ふーん」
眼鏡を正し、岸沼くんは頬を緩めた。
「それで、彼女はちゃんと教えてくれた? 思い出話を」
「いや……」
まだ、なにも訊いてない。というか、一日気まずい状況が続いたと思ったら、放課後になるとサヤカはまるで何事もなかったように接してきたし。それに彼女の言葉……「少しだけ待ってて」「答えを出してからどうするか決めていく」あの意味もよくわからない。
そこまで思い起こしたところで、僕は小さく首を振った。
こと細かく岸沼くんに教える必要はない。あくまでもこれは僕と彼女の問題なのだから。
「ああ、黙っているってことは、ボクには詳細を教えてくれるつもりはないみたいだね」
図星をつかれ内心ドキッとしたが、僕は空笑いをする。
「別にいいよ。ボクがやりたいようにやるから。君たちの悪いようにしないから安心してね」
そう言って、岸沼くんは教室を後にした。
僕一人になった室内は、再び静まり返る。
本当に、彼はなんなんだろう。調査員かなにかを気取ってるつもりなのか。あんまり関わりたくないな……。
気づけば僕は、手に汗を握っていた。