麗らかな日和に咲き誇るすみれ。町の空気を吸うたび、甘い香りが僕の心を癒してくれた。
四月六日。県立東高校入学式当日。
新しい制服を身にまとい、僕は東高へと足を踏み入れた。学校周辺には桜の木々が連なり、風吹けば行く道に花びらが舞い降りる。
まるで、僕らを歓迎しているみたいだった。
新入生である僕たちは、緊張が解ける間もなく式後にそれぞれの教室へと移動した。
僕のクラスは一年三組。教室前のドアに貼り出されていた座席表を確認してみると、前から二番目の窓側席だった。堅くなりながらも、僕は自分の椅子に腰かける。
クラスメイトはまだまだお互いの様子を窺っている。もちろん、僕も例外じゃない。
ホームルーム前の待機時間、教室内は息が詰まるほど静まり返っていた。
それなのに──
「久しぶりだね!」
は? な、なんだ……?
場の空気にそぐわない大きな声を出すのは誰?
反射的に振り向くと──僕の隣の席に座る女子が、ニコニコしながらこちらを見ていた。
僕は彼女を前に、思わず見入ってしまう。
印象的な、水色の綺麗な瞳。彼女の目はまるで、淡い海みたいな色をしていた。
僕は、ハッとして息を呑む。
僕と同じような瞳の色を持つ彼女に、驚かずにはいられなかったから。
「君の、その目……」
と、続きの言葉を喉の奥で飲み込み、僕は首を横に振った。初対面でいきなり容姿に関して深く突っ込むのはよくない。失礼じゃないか。
どぎまぎする僕に対し、彼女はぐいっと顔を近づけてきた。その瞬間、ふわっとフルーティーな香りが僕の鼻を刺激する。
とんでもなく、顔が近い。
「……紫色なんだね」
彼女は僕の目を見つめ、しんみりとした口調で呟く。
「ずっと『ショウくん』はあの日から変わらず目の色が紫色なんだね……」
「は? えっ?」
待ってくれよ。こっちが気を遣っているというのに、なんでこの子はお構いなしにグイグイくるんだ。
しかもいま、僕のことを『ショウくん』と呼んだよな? 自己紹介もまだなんだぞ?
僕の名前は若宮ショウジで、小学校の頃みんなから『ショウくん』と呼ばれていた。そのあだ名を、なぜ初対面の彼女が知っているんだ。
考えてみるも、さっぱり答えが出てこない。
海色の彼女の瞳は、光に当たると一層輝きを増す。見れば見るほど美しく、僕はこの状況に混乱しながらも、彼女から目が離せなくなった。
「もしもーし。ショウくん? 生きてますかー?」
彼女はさらに顔を近づけてくる。僕の心臓はドキッと跳ね上がる。
「な、なんだよっ!」
「だって全然反応してくれないんだもん。久しぶりに会ったんだから、お話しようよ」
「久しぶりって……?」
僕は彼女のことなんて、これっぽっちも知らない。いまこの瞬間に初めて話しかけられたんだ。
頭のてっぺんから足の爪先まで、なめるように眺めるが、どうしたってこんな子知らない。
もしかして、僕を他の誰かと勘違いしている可能性はないだろうか。
柔らかい表情を浮かべていた彼女は、急に膨れっ面になる。
「もう。人のことじーっと見て! なに? ショウくんのえっちー!」
「そ、そんなつもりじゃ」
「じゃあどうしてジロジロ見るの?」
「だって君……」
──誰だっけ?
疑問を口にしようとした瞬間、なぜか声が出せなくなった。そのひとことを言おうとすると、喉の奥で言葉が止まってしまう。
なんだこれ。すごく、変な感じだ……。
戸惑っていると、僕の口はさらにおかしな行動に出る。僕の意思を無視するかのように、勝手に言葉を連ねてしまうんだ。
「ええと、その。本当に久しぶり、だな」
へへへ、と、自分でもわざとらしいと思うほどの愛想笑いを作ってみせた。
……やってしまった。嘘をついて誤魔化すなんて。
四月六日。県立東高校入学式当日。
新しい制服を身にまとい、僕は東高へと足を踏み入れた。学校周辺には桜の木々が連なり、風吹けば行く道に花びらが舞い降りる。
まるで、僕らを歓迎しているみたいだった。
新入生である僕たちは、緊張が解ける間もなく式後にそれぞれの教室へと移動した。
僕のクラスは一年三組。教室前のドアに貼り出されていた座席表を確認してみると、前から二番目の窓側席だった。堅くなりながらも、僕は自分の椅子に腰かける。
クラスメイトはまだまだお互いの様子を窺っている。もちろん、僕も例外じゃない。
ホームルーム前の待機時間、教室内は息が詰まるほど静まり返っていた。
それなのに──
「久しぶりだね!」
は? な、なんだ……?
場の空気にそぐわない大きな声を出すのは誰?
反射的に振り向くと──僕の隣の席に座る女子が、ニコニコしながらこちらを見ていた。
僕は彼女を前に、思わず見入ってしまう。
印象的な、水色の綺麗な瞳。彼女の目はまるで、淡い海みたいな色をしていた。
僕は、ハッとして息を呑む。
僕と同じような瞳の色を持つ彼女に、驚かずにはいられなかったから。
「君の、その目……」
と、続きの言葉を喉の奥で飲み込み、僕は首を横に振った。初対面でいきなり容姿に関して深く突っ込むのはよくない。失礼じゃないか。
どぎまぎする僕に対し、彼女はぐいっと顔を近づけてきた。その瞬間、ふわっとフルーティーな香りが僕の鼻を刺激する。
とんでもなく、顔が近い。
「……紫色なんだね」
彼女は僕の目を見つめ、しんみりとした口調で呟く。
「ずっと『ショウくん』はあの日から変わらず目の色が紫色なんだね……」
「は? えっ?」
待ってくれよ。こっちが気を遣っているというのに、なんでこの子はお構いなしにグイグイくるんだ。
しかもいま、僕のことを『ショウくん』と呼んだよな? 自己紹介もまだなんだぞ?
僕の名前は若宮ショウジで、小学校の頃みんなから『ショウくん』と呼ばれていた。そのあだ名を、なぜ初対面の彼女が知っているんだ。
考えてみるも、さっぱり答えが出てこない。
海色の彼女の瞳は、光に当たると一層輝きを増す。見れば見るほど美しく、僕はこの状況に混乱しながらも、彼女から目が離せなくなった。
「もしもーし。ショウくん? 生きてますかー?」
彼女はさらに顔を近づけてくる。僕の心臓はドキッと跳ね上がる。
「な、なんだよっ!」
「だって全然反応してくれないんだもん。久しぶりに会ったんだから、お話しようよ」
「久しぶりって……?」
僕は彼女のことなんて、これっぽっちも知らない。いまこの瞬間に初めて話しかけられたんだ。
頭のてっぺんから足の爪先まで、なめるように眺めるが、どうしたってこんな子知らない。
もしかして、僕を他の誰かと勘違いしている可能性はないだろうか。
柔らかい表情を浮かべていた彼女は、急に膨れっ面になる。
「もう。人のことじーっと見て! なに? ショウくんのえっちー!」
「そ、そんなつもりじゃ」
「じゃあどうしてジロジロ見るの?」
「だって君……」
──誰だっけ?
疑問を口にしようとした瞬間、なぜか声が出せなくなった。そのひとことを言おうとすると、喉の奥で言葉が止まってしまう。
なんだこれ。すごく、変な感じだ……。
戸惑っていると、僕の口はさらにおかしな行動に出る。僕の意思を無視するかのように、勝手に言葉を連ねてしまうんだ。
「ええと、その。本当に久しぶり、だな」
へへへ、と、自分でもわざとらしいと思うほどの愛想笑いを作ってみせた。
……やってしまった。嘘をついて誤魔化すなんて。