「──で? わざわざ俺を呼び出して、なにがあったんだよ」

 ひと気のない、体育館裏。ちょうどよい場所に誰にも使われていなさそうな石段があったので、ユウトと二人並んで腰かける。食堂で買ってきた惣菜パンにかじりついてから、僕はユウトに事情を説明した。
 朝、駅でサヤカと母親が話していたことを。

「なんかしばらく話し込んでたみたいなんだけどさ、あんまり穏やかな雰囲気じゃなくて」

 コロッケパンを堪能していたユウトの手が、一瞬止まる。

「それ……二人の会話は聞こえたのか?」
「いいや。遠くから見てたから内容はさっぱりだ」

 僕の返事を聞いたユウトはふうと息を吐く。紙パックのジュースを一口飲み、遠目を眺めた。

「それだけじゃ、なんとも言えねえな」
「妙だと思わないか? うちの親、サヤカのことは知らないって言ってたんだぞ」
「お前が言いたいのは『母親はサヤカちゃんと知り合いだったんだ! なんで知らないって嘘ついてたんだよ』ってことだろ?」
「うーん。そこまでは思ってないけど……。でも、なんか違和感があるなって」
「たまたま話してだけだろ。知り合いじゃなくても町の人に話しかけられること、たまにあるじゃねぇか。道を尋ねられたり、落とし物したから教えてもらったり。おかしいことじゃねえよ」
「そうだけど……でも、なんか引っかかるんだよな。なんであんな真面目な顔してたんだろうって」

 いつになく彼女の目は真剣だった。海色の瞳の奥に、焦りというか、戸惑いのようなものも混じっている気がして。僕はどうしてもさっき見た彼女の横顔が忘れられない。
 ──それに、もうひとつ気がかりなことがあった。

「今日、サヤカが登校してないんだ」
「マジか?」
「担任に確認もしたんだけど、どうやらサヤカは体調不良を理由に休んでるらしい。今朝見かけたときは普段どおり元気そうだったのに」
「いやー。登校中に体調悪くなったとかじゃねえの。サヤカちゃんには連絡してみたのか?」
「メッセージは送ったよ。体調大丈夫かって。でも、返事はまだこないな」
「そうか……。あんまり気にしなくてもいいんじゃね?」

 と、ユウトは再びパンを食べ進める。
 そう言われても、気になるものは気になる。そう僕がユウトに訴えても、「ショウジは神経質なんだよ」と流されてしまう。

「お前、おばさんやサヤカちゃんに今朝見かけたこと訊くつもりか?」
「ああ、そうしようと思ってるよ」
「そっか。ま、本人たちに訊いた方が早いしな」

 興味なさそうにユウトは言うと、話題を変えて吹奏楽部の話をしはじめた。
 なんか、今日のユウトはあっさりしてるな……。入学式当日は興味津々に話を聞いてくれたのに。
 ユウトは夏のコンクールにパーカッションメンバーとして出場することになったらしく、練習もこれから忙しくなると語った。部活に夢中になっているから、サヤカの件には飽きてしまったのかな。
 生き生きと吹奏楽部での話を語るユウトの顔を見て、僕は嬉しいと思う反面、少しだけ寂しいと思ってしまった。

 話をしていると、昼休みはあっという間に終わりを告げた。石段を降り、校舎へ向かう。
 ユウトはクラスに戻る直前、人通りの少ない踊り場で、こんなことを言った。

「なぁ、ショウジ。これからもサヤカちゃんのこと探っていくつもりなのか」
「え?」

 探ると言うより、ただ、思い出したいだけだ。入学式の日にもそう伝えだろ?
 僕の言葉に、ユウトは眉を落とした。

「お前の気持ちもわかるけどなー。もう何日も経ってるのに思い出せないのはさすがにおかしいよ。まだ諦めないのか?」
「諦めるって? なんでそうなるんだよ。僕は彼女に直接言ったんだ。君を思い出せないって」
「は……? そう、なのか」
「彼女に、君のことを教えてほしいって。思い出したいんだとしっかり気持ちを伝えたんだ」

 サヤカはたしかにこう言った。「少しだけ待ってて」と。「答えを出してからどうするか決める」とも。
 あの答えは、まだもらっていない。

「だから、簡単に諦められないよ。必ず、彼女との過去を思い出してみせるから」
「ショウジ……」

 なぜか、ユウトは複雑そうな顔になった。どうしてそんな表情をするんだ?

「お前の気持ちはわかるけどよ──」

 と、ユウトが言いかけたところで、本鈴が鳴った。もう教室に戻らなければまずい。
 僕はユウトに背を向け「じゃあな」とクラスへ戻っていく。
 ユウトはなにも言わなかった。
 なんでユウトは、戸惑ったような反応をしていたんだろう。わからないが、いまの僕に考える余裕なんかない。
 結局、土曜日の件についても相談できなかった──いや、しなかった。

 とにかく、サヤカが学校に来ていないことが心配だった。彼女のいないクラスはとても静かに感じた。他愛ない話をしながら笑顔を見せてくれるサヤカがいないだけで、寂しさも感じた。
 明日には、登校してくれるかな。
 メッセージの返信も今日のうちにくるのかな。