電車に揺られ、ふたつ目の駅で降りる。
サヤカのお喋りは止まらず、僕はほとんど聞き役に回っていた。この前の休日になにをした、とか。理科の先生の授業が面白いよね、とか。クラスメイトと交わした会話だとか、正直、どうでもいい話ばかりだ。
けれど、全然苦じゃなかった。むしろ、楽しそうに話すサヤカを眺めているだけで僕まで嬉しくなるんだ。
──だが、疑問に思う。
サヤカは今朝のこと気にしていないのかと。僕がなにも覚えていないと伝えたとき、彼女は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。もう大丈夫なのかな……
「ここだよ」
僕の心配とは裏腹に、素知らぬ顔でサヤカは一軒のカフェの前で立ち止まった。木目調スタイルの店で、掲げられる看板には「MANNY´s cafe」と緑の文字で記されている。外観を見ただけでお洒落な印象だった。
目を輝かせて店を眺めるサヤカを前に、僕は余計なことは言わないでおこうと思った。また話をぶり返して、彼女の笑顔を奪いたくない。
彼女はきっと、感情豊かな人なんだ。そういうことにしておこう。
少し興奮した様子で、サヤカはカフェについて語り出す。
「マニーカフェっていうお店だよ。全国にあるチェーン店なんだけどね、コーヒーがすっごくおいしいらしいの」
「サヤカはコーヒーが飲めるのか」
「ううん、あんまり飲まない」
なんだそれ、と返そうとしたが、サヤカは弾んだ声で続けるんだ。
「フードもおいしいしんだよ。私、ここのモンブランケーキが大好きなんだ」
アフタヌーンティーセットで買うとお得だよ! と言いながら、サヤカは店のドアを開けた。
店内の雰囲気は、とても落ち着いている。カウンターで二人のスタッフが笑顔で接客している姿が見られた。テーブル席は広く、木製の椅子がこじゃれている。まったりした音楽が流れ、照明はオレンジのランプを連想させるような綺麗な明かりだ。
こういうカフェにはあまり訪れたことがなく、僕は店のムードにひるんでしまう。
「ショウくん。なににする?」
カウンターでメニュー表を見ながら、サヤカは緊張した様子もなくあっけらかんと訊いてきた。
平静を装い、僕も彼女の横でメニューを眺める。
「えっと……じゃあ、アフタヌーンティーセットで」
僕がオーダーすると、男性店員が営業スマイルを向けてきた。
「アフタヌーンティーセットですね。ケーキをこちらの中からお選びください」
ショートケーキやチョコレート、チーズタルトやモンブランなどたくさんの種類がある。なんでもいい。とりあえず、サヤカのおすすめにしてみるか。
「モンブランでお願いします」
「かしこまりました。では、お飲み物はいかがされますか?」
「飲み物、か……。ええっと、メロンソーダで」
「ありがとうございます。ご用意いたしますので、右手のカウンターでお待ちください」
僕は会計を済ませてカウンターに移動する。同じく注文を終えたサヤカが僕の隣に並び、ニコニコしながらこちらを見上げてくるのだ。口角を上げたまま、サヤカはまさかのことを口にする。
「こういうの、憧れだったんだよね」
「なにが?」
「放課後に、制服デートするの」
「……えっ?」
僕はその場で固まってしまう。
い、いま……デートって言ったか? これは、デート、なのか……?
「お待たせしました。アフタヌーンティーセットでございます」
僕が胸中でテンパっていると、店員さんが注文品をカウンターから差し出した。
その後すぐにサヤカのものも用意され、僕たちは窓側の席に座る。
この間、僕の心臓は煩わしいほど音を鳴らしていた。
固くなりながら、僕はサヤカと向かい合って座る。対面だと彼女の姿がいやでも視界に入り、さらにドキドキが早くなっていった。
ケーキの甘い香りが僕の鼻の中に広がるが、もはや食欲をも忘れてしまう。
「おいしそう! いただきます」
こっちの動揺もつゆしらず、サヤカはフォークを手に取ってモンブランのクリーム部分を一口食べる。「おいしい!」と、ほっぺが落ちそうになるんじゃないかと思わせるほど幸せそうなリアクションをした。
そんなサヤカを直視することができない。なんというか──彼女が、眩しすぎるんだ。
こんな子と僕が、デートだなんて……。烏滸がましいにもほどがある。
僕があれやこれや考えていると、彼女が不思議そうに小首を傾げるんだ。
「ショウくん」
「うぇ……! なに?」
うわ、ださっ。
声が、上ずってしまった。
しかしサヤカは気にしたような素振りも見せない。
「どうしたの? ケーキ、食べないの?」
「あ、ああ! 食べる。もちろん、食べるさ。いただきます」
脇からじわっと汗が流れ落ちた。
震えた手でフォークを握りしめる。ふんわりとしたモンブランのクリームとスポンジを口に運ぶと、舌の上がほんのりした甘みで包まれた。
あ……たしかに、うまい……。
想像以上にしっとりした食感で、しかも甘すぎず食べやすい。なんというか、上品な味わいだ。
「すげぇうまいな」
「でしょー! ショウくんならそう言ってくれると思った」
サヤカは子犬のようにはしゃいだ。
こんな子とデートしているなんて、信じられない。けれど──すごく楽しい。
サヤカのお喋りは止まらず、僕はほとんど聞き役に回っていた。この前の休日になにをした、とか。理科の先生の授業が面白いよね、とか。クラスメイトと交わした会話だとか、正直、どうでもいい話ばかりだ。
けれど、全然苦じゃなかった。むしろ、楽しそうに話すサヤカを眺めているだけで僕まで嬉しくなるんだ。
──だが、疑問に思う。
サヤカは今朝のこと気にしていないのかと。僕がなにも覚えていないと伝えたとき、彼女は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。もう大丈夫なのかな……
「ここだよ」
僕の心配とは裏腹に、素知らぬ顔でサヤカは一軒のカフェの前で立ち止まった。木目調スタイルの店で、掲げられる看板には「MANNY´s cafe」と緑の文字で記されている。外観を見ただけでお洒落な印象だった。
目を輝かせて店を眺めるサヤカを前に、僕は余計なことは言わないでおこうと思った。また話をぶり返して、彼女の笑顔を奪いたくない。
彼女はきっと、感情豊かな人なんだ。そういうことにしておこう。
少し興奮した様子で、サヤカはカフェについて語り出す。
「マニーカフェっていうお店だよ。全国にあるチェーン店なんだけどね、コーヒーがすっごくおいしいらしいの」
「サヤカはコーヒーが飲めるのか」
「ううん、あんまり飲まない」
なんだそれ、と返そうとしたが、サヤカは弾んだ声で続けるんだ。
「フードもおいしいしんだよ。私、ここのモンブランケーキが大好きなんだ」
アフタヌーンティーセットで買うとお得だよ! と言いながら、サヤカは店のドアを開けた。
店内の雰囲気は、とても落ち着いている。カウンターで二人のスタッフが笑顔で接客している姿が見られた。テーブル席は広く、木製の椅子がこじゃれている。まったりした音楽が流れ、照明はオレンジのランプを連想させるような綺麗な明かりだ。
こういうカフェにはあまり訪れたことがなく、僕は店のムードにひるんでしまう。
「ショウくん。なににする?」
カウンターでメニュー表を見ながら、サヤカは緊張した様子もなくあっけらかんと訊いてきた。
平静を装い、僕も彼女の横でメニューを眺める。
「えっと……じゃあ、アフタヌーンティーセットで」
僕がオーダーすると、男性店員が営業スマイルを向けてきた。
「アフタヌーンティーセットですね。ケーキをこちらの中からお選びください」
ショートケーキやチョコレート、チーズタルトやモンブランなどたくさんの種類がある。なんでもいい。とりあえず、サヤカのおすすめにしてみるか。
「モンブランでお願いします」
「かしこまりました。では、お飲み物はいかがされますか?」
「飲み物、か……。ええっと、メロンソーダで」
「ありがとうございます。ご用意いたしますので、右手のカウンターでお待ちください」
僕は会計を済ませてカウンターに移動する。同じく注文を終えたサヤカが僕の隣に並び、ニコニコしながらこちらを見上げてくるのだ。口角を上げたまま、サヤカはまさかのことを口にする。
「こういうの、憧れだったんだよね」
「なにが?」
「放課後に、制服デートするの」
「……えっ?」
僕はその場で固まってしまう。
い、いま……デートって言ったか? これは、デート、なのか……?
「お待たせしました。アフタヌーンティーセットでございます」
僕が胸中でテンパっていると、店員さんが注文品をカウンターから差し出した。
その後すぐにサヤカのものも用意され、僕たちは窓側の席に座る。
この間、僕の心臓は煩わしいほど音を鳴らしていた。
固くなりながら、僕はサヤカと向かい合って座る。対面だと彼女の姿がいやでも視界に入り、さらにドキドキが早くなっていった。
ケーキの甘い香りが僕の鼻の中に広がるが、もはや食欲をも忘れてしまう。
「おいしそう! いただきます」
こっちの動揺もつゆしらず、サヤカはフォークを手に取ってモンブランのクリーム部分を一口食べる。「おいしい!」と、ほっぺが落ちそうになるんじゃないかと思わせるほど幸せそうなリアクションをした。
そんなサヤカを直視することができない。なんというか──彼女が、眩しすぎるんだ。
こんな子と僕が、デートだなんて……。烏滸がましいにもほどがある。
僕があれやこれや考えていると、彼女が不思議そうに小首を傾げるんだ。
「ショウくん」
「うぇ……! なに?」
うわ、ださっ。
声が、上ずってしまった。
しかしサヤカは気にしたような素振りも見せない。
「どうしたの? ケーキ、食べないの?」
「あ、ああ! 食べる。もちろん、食べるさ。いただきます」
脇からじわっと汗が流れ落ちた。
震えた手でフォークを握りしめる。ふんわりとしたモンブランのクリームとスポンジを口に運ぶと、舌の上がほんのりした甘みで包まれた。
あ……たしかに、うまい……。
想像以上にしっとりした食感で、しかも甘すぎず食べやすい。なんというか、上品な味わいだ。
「すげぇうまいな」
「でしょー! ショウくんならそう言ってくれると思った」
サヤカは子犬のようにはしゃいだ。
こんな子とデートしているなんて、信じられない。けれど──すごく楽しい。