コハルは淡々と続ける。

「その子があんたを別の誰かと勘違いしてるだけならいいんだけどね。それにしても、ショウジのことを知りすぎてる」
「だから妙なんだ」
「そんな子が入学早々自分の前に現れたら誰だって困惑するわよね」
「実は僕が記憶喪失だったりして」
「……んなわけないでしょ。サヤカちゃん以外のことは覚えてるんだから。けど、あんまり考えすぎない方がいいんじゃない?」
「同じクラスなんだぞ。連絡先だって交換したし、家も近いんだ。……嫌でも気になる」
「あー、そうよねぇ」

 苦笑するコハルは、ぐいっと顔を近づけてきた。穴があくほど僕の目を見ては、鋭い声で言った。

「そんなにその子が気になるの?」
「だから、そう言ってるだろ」
「可愛いから?」
「……はい?」
「あんた、その子に気があるのよね? ずばり、恋しちゃってるわけね!」
「な」

 なにを言ってるんだ!
 僕の顔がカッと熱くなった。驚きのあまり、声が出せなくなった。
 なにが面白いのか、コハルはケラケラと笑いころげる。しばらく腹を抱え、涙目になる始末。

「ショウジ。あんたってば可愛い奴!」
「や、やめろよ。別にそんなんじゃねぇし」
「そうやって否定してるとこも可愛い~」

 ああ、もう。勘弁してくれ。
 僕の気も知らずに、コハルは更に問いつめてくる。

「ぶっちゃけ、どうなのよ?」
「どうも……ない」
「正直に言わないと協力しないわよ」
「なんだって?」
「あんたが素直になってくれなきゃ、あたしもやる気が出ないの」

 どういうつもりなんだ、この姉は。
 それに素直にと言われても──僕自身、よくわからないんだ。自分の気持ちが。

「悪いけど、コハルになに言われてもちゃんとした答えは出ないよ。サヤカのことは気になるけど、それは、彼女を思い出せないからであって。女子として気になるからとか、好きだとか……そういうわけじゃない」

 自分で話していて、恥ずかしくなってきた。
 たしかにサヤカは可愛らしいし、話しかけられると嬉しいし、仲良くしたいとは思う。しっかり彼女を思い出して、誤魔化しのない純粋な関係を築きたい。
 僕が真剣にそう考える横で、コハルはニヤリと笑う。

「わかったわよ。ショウジの気持ち、ちゃーんと伝わった」

 そう言いながら、姉はテーブルに置いてあったスマートフォンを手に取る。

「何人か北小出身の友だちで連絡取れるから聞いてみるよ」
「え……?」
「あんまり期待しないでね。あたしの同級生に聞いて回るだけだし。運が良ければサヤカちゃんを知ってる人が見つかるかもしれない」
「なんで急に協力してくれる気になったんだ?」

 僕の切実な疑問に、コハルはハッキリとこう答えた。

「あんたの顔見たらわかる。ショウジにとって、サヤカちゃんは特別なんだって」
「いや──」

 思わず否定しようとしたが、言葉が途中で止まった。どうして認めようとしないのかよくわからなかった。その反面、肯定する理由も見つからない。
 なんだか言葉では表しがたい感情が湧いていて、変な感じがした。
 考え込む僕に、コハルはふっと微笑んだ。目を細め、妙に柔らかい口調になるんだ。

「ねえ、ショウジ。もしもの話。サヤカちゃんのことを万が一思い出せなくても、自分を責めないでね」
「え?」
「出会ってからのサヤカちゃんとの時間を大事にしたっていいんだから」
「……なんだそれ。どういう意味だよ」
「そのままの意味よ。過去を思い出そうって必死になりすぎないで、あんたにはいまの時間も楽しんでほしいのよ」