そのままの流れで、僕はサヤカと学校に行くことになった。だいぶ慣れてきた高校への道のりが、彼女がいるだけで違う風景に見えてしまう。  

「ねえ、思い出さない?」
「……え?」

 目を細め、サヤカは突然僕に問いかけてきた。

「毎日こうやって一緒に登校してたよね」

 サヤカはしんみりとした様子で呟いた。
 そう、なのか。
 不意に、先日見た夢を思い出した。狭い通学路を、サヤカと、もう一人中学生くらいの女の子と一緒に歩いていたあの夢を。
 偶然だろうけど、僕は幼いとき現実でもサヤカと登校していたらしい。

「家の近くの公園で待ち合わせてさ、三人で学校に行ったの。懐かしいよね」
「ん? ……三人で?」
「そう。私とショウくんとお姉ちゃん(・・・・・)の三人で!」
「そうか、三人で……な」

 サヤカの言うお姉ちゃん。誰だろう。
 再び、脳裏に夢の光景がよみがえる。優しい雰囲気を醸していた、中学生の少女。彼女を思い出しては、すぐに頭の中から打ち消した。さすがに夢と現実をごっちゃにして考えるのはバカげている。
 お姉ちゃん……もしかして、僕の姉のコハルのことかな。
 姉と登校していた記憶はあるにはあるが、毎日一緒だった覚えがあんまりない。

「お姉ちゃんさ、中学生になっても途中の通学路まで一緒に登校してくれたよね。すごい優しくて面倒見がよかったんだよねぇ」
「ふーん。そうだったかな……?」

 中学生になっても? コハルが? そんな記憶はさすがにないんだが。
 首を傾げる僕を見て、サヤカは眉を落とした。

「あれ? ショウくん。もしかして、覚えてないの……?」

 サヤカは寂しそうな表情を浮かべる。
 まずいと思った。僕は慌てて首を横に振る。

「いやっ、そうじゃなくて! なんというか、コハルと……僕の姉が中学になっても一緒に登校してた記憶があんまりなくてさ」
「えっ?」

 やべ。うっかり本音を口にしてしまった。
 しかし、サヤカはすぐに頬を緩め、声を出して笑うんだ。

「なーんだ。勘違いしてる! ショウくんのお姉ちゃんじゃなくて、私のお姉ちゃんと三人で登校したって話だよ」
「え。サヤカの?」
「うん。私より四つ上の、アサカお姉ちゃんだよ。今日の朝陽みたいに、綺麗なお姉ちゃんなの。私たちのこと、いつも面倒見てくれてたでしょ?」

 そう言って、サヤカは東の空に照る光を見上げた。その横顔はキラキラと輝いていて、僕は見入ってしまう。

 松谷アサカ。
 ……知らない名前だった。けれどその名を耳にしたとき、胸が締めつけられる想いになる。

 君は──君たちは、一体誰なんだろう。僕の記憶にはない、ふたつの名前。
 なにか、とても大切なことを忘れている。サヤカという存在だけでなく、初めて耳にするアサカとの思い出すらも思い出せない。
 サヤカからの話を聞いただけなのに、それ以外に根拠はなにもないはずなのに、僕は彼女たちとの過去を取り戻さなければならないと思った。

 ──思い出さないでほしいの──

 ふと、夢のサヤカに言われた「警告」が頭の中をよぎる。と同時に、キーンと耳鳴りがした。左側の頭が、じわじわと痛くなっていく。
 まただ。気持ち悪い、偏頭痛が僕を襲ってきた。
 だけどいまは、この痛みに悶絶している場合じゃない。
 心の中に潜むなにかが、また僕を止めようとしている。
 構ってられるか。
 このままサヤカに嘘をついて関わってはいけないんだ。だから、正直に伝えよう。

「なあ、サヤカ」

 駅前に辿り着いた。小さな駅に、たくさんの人だかりができている。
 僕は駅構内の端に立ち止まり、彼女を呼び止める。
 小首をかしげ、サヤカは僕の前で歩みを止めた。

「なに?」
「話が、あるんだ」

 彼女の口から語り紡がれる思い出話は、僕が覚えていないものばかり。
 だから、知りたいんだ。サヤカのことを。それに、君のお姉さんのことも。
 海色に光る彼女の瞳をじっと見つめ、僕は真実を口にした。

「覚えてないんだ。本当は、なにも……」

 そのひとことを投げられた彼女は、とても悲しい表情を浮かべた。