1章

高校二年生になって、数日が経った頃。

俺は連日の寝不足が原因となり
保健室のベッドで仮眠をとっていた。

保健室の先生はさっき作業をしに職員室へ
行ってくると言ってまだ帰ってきていない。

だからかここには何処か物寂しい雰囲気が漂う。


あまりにも静かな、もう学校では無い何処か
別世界の様な空間にただ一人。

俺は意識を手放した。



次に目が覚めるとガタガタ椅子を引く音が
部屋全体を共鳴させる。

多分、六時間目の授業が終わったのだろう。


そんなに寝ている気はしなかったが

カーテンの隙間から覗くオレンジ色の太陽は
今この時間帯を知らせに来る。



ゆっくりと上半身を起こすと頭がふわっとした。

これは寝起きだからなのか寝不足だからなのか
はたまたその両方なのか。


いや、そんなこと考えてる暇なんかない。

早く帰ってご飯を作らねば。
弟の優希が部活から帰ってくる前に。


そう思って俺は勢い良くベットから飛び起きると

突然ガラッと大きな音を立てて
保健室の扉が開いた。


先生が帰ってきたのだろう。

俺は感謝を伝えて早く帰ろうと思い
カーテンを開ける。

「先生、ありがとうございまし…た……え?」

俺の目線の先にいたのは先生ではなく


俺の唯一の幼なじみ、青葉だった。


昔、それはそれは仲が良く
家も歩いて一分くらいの近所にあったため
一緒にいない日は無いと言ってもいいほど。


でも、最近はクラスが離れたり

青葉は部活をしているから
一緒に帰ることが少なくなっていって。

あまり話す機会は無くなった。そんな仲のはずだ。

「…なんで、青葉が」

「寝不足で倒れかけたんだって?」

俺が問うと間髪入れずにそう言われる。

図星すぎて思わず肩が跳ねた。

「やっぱり言わんこっちゃない。
陽向、いくら親代わりといえど、ちゃんと睡眠は取らないとだから」

青葉は相変わらずの爽やかイケメン感を
醸し出してこちらに歩いてくる。


確かに、それはそうだ。

俺が十五の時に両親が事故に遭い
家族は当時十一歳の弟の優希だけ。


親戚は皆仕事で飛び回っていたり
老人ホームにお世話になっていたりしたから

俺達は誰にも引き取られないで何とか
両親の代わりをやってきて。

今まで一生懸命生きていたつもりだ。


だが、それに睡眠を削るのはもはや本望で。

どうにもしようがない。


気づけば青葉は
俺が寝ていた向かい側のベットに座っていた。

「ほら、カバン持ってきたから」

「あぁ…ありが…」

それを俺が受け取ろうとすると
青葉はそれを下に降ろす。

「…は?なにし…」

「はーい陽向く〜ん、
おねんねしましょうねえ〜」

そう言うと同時に俺の体は前に引っ張られる。

俺は青葉に抱きつく形で
ベットにつまづいてした。

「お前…馬鹿にしてんのか…?」

青葉の唐突なおふざけに
俺は怒りを抑えきれず声が震える。

「え?なんてー?人と一緒に居ないと
寝られない甘えんぼさんの陽向く〜ん♡」

またもや図星で、頬が熱帯びたのを感じた。

幼なじみというのはこういう時に面倒だと思う。

「いちいち語源化すんな…」

「やっぱりそうなんじゃん、ほら早く寝よ?」

俺は今できる精一杯で青葉を睨みつけたが

抵抗虚しくそう言われ、布団をかけられる。

「俺は帰ろうと…」

「大丈夫大丈夫、少しだけだから。
15分くらい…ね?」

「……っ」

実を言うと、さっきは全然眠れていなかった。

寝るか寝ないかの境界線を
ただふわふわと漂うだけで

目覚めの、妙にスッキリしたあの感じは
これっぽっちも得られていなかった気がする。

「…分かった…けど、お前でも添い寝は
やめてくんない?キモイから」

「酷すぎる…」

青葉はそう言いつつもベットから
すり抜けて、ベットサイドに丸椅子を持ってきた。


少しだけしゅんとした顔をしていたから
後で謝った方がいいかなと思いつつ

俺は布団をかけ直す。

「じゃあ僕ここに居るから。おやすみ、陽向」

「ん、おやすみ」

にこやかに微笑む青葉に
俺はそう言い、目を閉じた。




どれくらいの時間が経ったのだろうか…?

目を開けると、隣には青葉が
ベットに伏せて眠っていた。珍しいな。

青葉ってあんまりこういう時に
眠らない系のタイプだったはずなんだけど。

ふと気になって頬に触れてみる。

若干、というか結構熱く感じた。

まさか熱なのか?


確かにここ最近、練習試合があったとか
聞いたような気がするし

先輩がもうすぐで居なくなるから
頑張らないとと言っているのを

運動部から盗み聞いたこともある。


俺は心配になって青葉を優しくゆすった。

「青葉、青葉大丈夫?具合悪い?」

「…ん、……ひなた…」

しばらくそうしていると
青葉は辛そうに目を開けた。


これは確定で熱あるなと思い

どうやって帰宅させようかと
寝起きの頭をフル回転させた。

「青葉、取り敢えず横になって…はっ?!」

青葉はむくっと起き上がったかと思うと
ゆっくり覆い被さるように俺を押し倒した。

「お、おい大丈夫か?
お前彼女かなんかと間違ってんの?」

そう言って青葉と目線を合わせると
彼は熱っぽい瞳で俺を見つめていた。

本当にこいつはどうしたんだろうか。


体内から出る息は熱があるみたいに熱く

頬もいつもより火照っているようで

俺の手首を握りしめている手も
少し汗ばんで眠気がある時のように暖かかった。

俺はなんだか気恥ずかしくなり、目を逸らす。

「…ひ、なた」

「なんだよ…大丈…」

その時、俺の頬に水が垂れた。

雨漏りでもしたのかと思った。

でも、カーテンの隙間からみえる窓の外は
星が浮かんでいて。

まさかと思い、俺は伺うように青葉を見つめる。


その時だった。

「僕、陽向が好き」

一瞬、何を言ったか思わず聞き逃しそうだった。

いや、聞き間違えだと思ったんだ。


けれど、その視線は嘘に見えなくて

体は硬直してしまうし、
どんな反応をしたらいいのかが全くわからない。

「え、えと…」

「ずっと好きだった。ずっと前から、好きで…」

何回も記憶に刷り込まれる様に好きという言葉が青葉の口から俺の耳向かって流れ込む。

こんなに涙を流している青葉を見るのは
幼なじみ歴14年の俺でも多分初めてくらいだ。

それくらい、俺の事が好き?なのだろうか。


いやいやそんなことある訳。

きっと俺が過剰に反応してるだけで
親友だということを伝えた…

「…もちろん、恋愛的なほうの好きだから」

青葉は一秒も経たないうちに
俺の予想に反してそう言う。

「な、なんで…そんな急に…?」

その熱っぽい瞳にこちらまで
危うく変な気分になりそうなくらいだ。

これってもしかしなくても
何か盛られたんじゃないか。

青葉はモテる方だと思うし、その説は濃厚だ。


それで無きゃきっとこんな風にならないはず。

「青葉、取り敢えずちょっと落ち着いて…?」

俺は段々と冷静さを取り戻していき
諭すように青葉の肩をぽんぽんと叩いた。

けれど、その手首は再び掴まれる。

「…嫌、そんな顔されて落ち着けない…」

その時、ふっと目の前に影が落ちる。

まつ毛がぶつかりそうなほど
俺と青葉の距離が近くなった時

青葉は気を失うように俺の横に倒れた。

「大丈夫っ!?……なんだ寝落ちたのか」

俺は直ぐさま青葉の安否確認したが
完全なる腹式呼吸で目を瞑っていたため

命に関わることでは無いと理解する。

「…びっくりした…っ」

青葉が寝たと分かると急に心臓の音が
異様なくらいに大きな音を立てた。


『そんな顔されて落ち着けない』


さっき言われた言葉を反芻する。

俺はさっき、一体どんな顔を
していたというのだろうか。



ーーー

「やってしまった…」

自分の失態に思わずため息が出る。

今まで隠し通していたものが
あの一瞬で全部水の泡になった。

朝早い教室で深いため息を付きながら
何となく、窓の外に目をやる。

「…陽向どう思ったかな」

あの時の動揺を隠しきれないような顔を
思わず期待してしまう
赤く紅潮した真っ白な頬を

僕はいまだ覚えている。

それが幸運なのか不幸なのか。

陽向は見かけによらず
意外と溜め込むタイプだから、もしかしたら
トラウマにでもなっているかもしれない。

一度そう考えてしまうと、いても立っても
居られなくなり頭をガシガシと搔いたその時

「青葉じゃん、おはよー!」

「おはよ、珍しいな青葉が朝早いなんて」

騒がしい奴らが教室内に入ってきた。

「あぁ…おはよ…」

僕は腹に力を入れて声を出したが
実際出たのは掠れに掠れ裏返った声だけ。

それにびっくりしたのか騒がしい奴らは
目を丸くしてこちらを見つめた。

「青葉大丈夫?風邪引いたの…?」

金髪のサラサラヘアにゴツめのピアスを付けた
ビジュアル的には大優勝の晃は少し引き気味で
話しかけてきた。

「…なんでそんな引くんだよ?」

「いや、あの青葉が風邪ってインフルしか…」

「風邪じゃねーよ!!」

何故か僕がいつも通りじゃないと
どうにかして風邪にさせたいらしい。

「じゃあ、なんなの?恋の病?」

呆れたような声で僕にそう問いたのは
少しくせっ毛の髪にメガネをかけた秀人。

「…や、別にそういうんじゃ」

「えー!何その反応〜
告白でもしたんですかぁ〜?」

晃は隣でひゅーひゅーと茶化す。

僕はそれをスルーすれば良かったものの
告白という単語が嫌でも耳に付いて

今更自分がした事の重大さに気づき
顔が熱くなるのを感じた。

「…もしかしてマジなやつ?」

「えっ、まじ!?あの青葉が…!?」

晃は声を大きくして言うから
秀人がその頭をぺしっとはたいてくれた

「…や、その…気が付いたら、言ってて…」

これ以上隠し事は出来ない気がして

僕は告白してしまった事について
全部話してみる事にした。

「「それって盛られたんじゃないの?」」

ようやく告白の流れを説明し終わると
二人は声を揃えてそんなことを言う。

「え、盛られた?」

「その話聞くと盛られたとしか思えないけど…。
青葉モテるから女子になんか飲まされたり
とかしたんじゃないの?」

確かにあの時僕は変に体が暑かったし
判断能力が落ちていたような気もする。

…そういえば陽向の所に行く前
差し入れを貰ったような気が…?