神崎真衣(かんざき まい)に出動命令が出たのは、これから夕食の準備を始めようとした時だった。神崎の先輩刑事である和本(かずもと)から電話があり、「今すぐ家を出てこの場所に来い」という言葉とともに事件のあった住所を伝えられた。自宅のあるアパートの前でタクシーをつかまえ、住所を伝える。背もたれに体を預け、小さくため息をついた。
念願だった捜査一課に配属されて1ヶ月。聞き取りと捜査会議と取り調べの記録係以外の仕事をした記憶がない。今日だって、本来なら非番なのだから今頃ゆったりと晩ごはんを食べているはずだったのだ。正直、こき使われているという言葉がぴったりの生活である。
そんなことを考えているうちに現場に到着した。
事件があったのは東京都中央区の閑静な住宅街。普段ならば穏やかな雰囲気に包まれていたであろうその場所は、パトランプの光と捜査員たちの声でかき乱されていた。
事件があったという家に、捜査員が慌ただしく出入りしている。神崎も、周りの人々に軽く会釈をしつつ家に入っていった。
「お疲れ様です」
「あぁ。被害者はこっちの部屋。岡野美代(おかの みよ)という女性だ」
和本と少し言葉を交わし、遺体がある部屋に足を踏み入れる。二十代半ばほどの女性が顔だけを横に向け、うつぶせに倒れていた。見たところ、心臓を刃物で刺されているようだ。スーツのポケットに常備している白い手袋を取り出し、手にはめる。そして、周りの捜査員や鑑識に混じって部屋の中の捜査を始めた。