ナツが住んでいるマンションは一階に高級スーパー、二階にはスポーツジムが入っている。それに今の時代、ネットで注文すれば大抵のものは部屋まで届けてくれる。わざわざアイドルが、人目を気にしてまで外に買い物に出る必要などない。それなのにナツは帰り道、お肉が新鮮で安いからと言って、マンションから一番遠いスーパーに向かった。
 夕食のメニューは関西風のすき焼きだった。

(僕、何のために、ここに来たんだっけ)

 推しのアイドルと一緒に大学に行って、スーパーでは二人でカートを押して買い物をして、最終的に目の前で肉を焼いてもらった。
 いつもメディアを通して見ていたアイドルのナツは、どこまでいっても自然で普通だった。思えばナツから感じる「普通」はずっと朔良が憧れて欲しかったものだ。
 友達と買い物したり、家で鍋を囲んで笑い合ったり。そんな些細な幸せが欲しかった。もちろん家が裕福で親がアイドルだったから出来たことだってある。所詮は無い物ねだりと分かっていても、周囲から浮かないよう人目を気にして過ごしてきた日々は苦しかった。
 出会った当初は、芸能人のナツを自分から一番遠い存在だと感じていた。そんな自分なのに、ナツと一緒にいた今日一日は、なぜか自然体で過ごせていた。
 もちろんドキドキし過ぎて心臓には悪いし、実際は全てを見せているわけじゃない。――朔良はナツに対して、嘘を吐いているから。

「僕、もしかして今日死ぬのかな」

 使っていいと言われたゲストルームに入ったのは、夜の十時を過ぎてからだった。それまでは、ずっとナツとダイニングで一緒だった。一人になると全身に疲れが押し寄せてくる。
 スウェットを着た朔良はベッドの上で両手を広げて白い天井を見上げていた。部屋にはクローゼットとベッドがあって、他は持ってきたボストンバッグを置いているだけの殺風景な部屋だ。
 朝の時点では『サクラ』の仕事を頑張れば、憧れていた劇団へ入れるかもしれないなんて夢みていた。今は、そんなこと微塵も考えていない。それよりもナツが大学を卒業して建築士になりたいというなら、その夢を叶えるために自分が出来ることをしたかった。
 今日ほど身内に感謝をしたことはない。今まで出自を恨んでばかりだった自分を猛省した。当面の生活費を心配する必要もないし、何なら自分の就活も後回しにしていいのだから。
 ナツは朔良と入れ替わりで今は風呂に入っている。
 水谷に仕事を頼まれたときは、まさか推しの部屋に来るなんて思ってなかった。だから朔良の鞄の中には、大変、危険な物(ブツ)が入っていた。今になって、それを思い出した。
 絶対にナツに見られてはいけない、朔良の宝物。
 長期間、家に帰れないからと鞄の底に大事に入れて持ってきた。仕事の合間にこっそり見て癒されようと思っていた。

(嘘デス、もっと邪な用途としても使ってた)

 推しの風呂シーンどころか、人には言えないような酷い妄想をしたことがある。アイドルのナツを、極上の嗜好品だとか思っていた酷いファンだから、AVまがいの際どいシチュエーションだって想像していた。――要は、俗な言葉でいうならオカズだ。
 健全な若い男だし、それなりに欲はある。その欲が一生満たされないのも分かっていたから、ここ最近の妄想は、かなりエスカレートしていた。この先ゲイをカミングアウトするつもりはないし、恋人が欲しいとも思っていない。そもそもナツくらい綺麗な男じゃなきゃ満たされないなんて、分不相応な望みだ。
 朔良がカバンの中に入れて来たもの。一つは『さくらちゃんへ』ってナツの自筆のサインが入ってるチェキだ。ファンクラブの抽選に応募して当選したもので、応募したときは性別を女性と偽っていた。

 そもそも、さくらって名前で男だと思う人はいないだろう。
 そして二つ目は、ナツに貰って四年間、食べずに置いておいた残りのチョコレート一個だ。賞味期限はとうに切れている。
(何かの弾みで見られでもしたら、死ぬ)
 少し前までドアの向こうで物音がしていたが、すでに外は静かになっていた。風呂から上がったナツは、もう部屋で休んでいるはずだ。朔良はベッドから降りて、床に座り下に置いていたボストンバッグから、カードケースとチョコレートを取り出した。
(……本当、変態だった、よな。僕)
 一日ナツと過ごして、何だか急に全部が後ろめたくなった。いい加減ナツで変態的な妄想をするのは卒業しようと決め、おもむろにチョコレートを口の中に放り込んだ。賞味期限が切れていたところで、別にチョコレートの味なんて変わらない。
「うん。チョコレート、だな」

 あの春の日、舞い上がって味が分からなかったチョコは、どこにでも売っている普通のチョコだった。今の自分に似合いの、叶わない初恋の味がした。カードケースから取り出したチェキに写っているナツは、顔の横でピースサインをして朗らかに笑っている。この神々しい笑顔に何回お世話になっただろう。今は正直、写真を見ても申し訳なくて、前みたいな妄想が出来るとは思えなかった。もうナツは自分の中で聖女枠だ、絶対に汚してはいけないし、芸能界の魔の手から守るべき存在だ。
 そんなことを考えながら、長いため息を吐いたときだった。突然、何の前触れもなく部屋の扉が内側に向けて開いた。
「ねー朔良、俺の部屋で一緒にゲームしようよ。プレステ」
 ナツの声に被せるようにゾンビに襲われた村人みたいな声をあげていた。
「えぇ、どうしたの? 大きな声出して」
 驚いた拍子に朔良の手からチェキが飛んでいった。お掃除ロボットの掃除が行き届いているフローリングはよく滑った。そうして『さくらちゃんへ』とサインが入っているチェキは、ナツの足元に落ちた。
「あ、これ俺のチェキだ。え、さくらちゃんって、朔良だったんだ」
 ファンクラブの抽選グッズは三年くらい前のものだ。なんで、そんなに記憶力がいいんだよ! って心の中で叫んでいた。建築士を目指すような男は、やっぱり地頭がいいのだろうか。水谷からはファンの立場を使って、ナツにアイドルとしてやる気と自信をつけさせて欲しいと言われている。けれど朔良は、自分がナツのファンだと知られたくなかった。ちょっと好き、程度のライトなファンなら全然よかった。

(……終わった)

 ガチ恋勢なんて本人には絶対に知られたくない。いくら演技が得意といっても、名前入りのチェキが見られたこの状況で、ファンを隠し通せるとは思えなかった。
「朔良」
 ショックで固まっていたら、いつの間にか目の前にナツが膝をついて座っていた。
「ッ、ぁ。えっと。それは、違って」
「ん、何が違うの?」
 少し首を横に傾げて、甘いマスクで推しに見つめられている。周囲の空気が薄くなったみたいで呼吸が苦しかった。
「ご、ごめん、なさい、僕、それは」
 顔をあげて謝ったが、居た堪れなくなってすぐに下を向いてしまう。

「え、どうして、謝るの?」
 怖くて手が小刻みに震えていた。自分の存在を知られて、推しに嫌われたくなかった。男の熱狂的なファンがいると知ったところで、ナツは気持ち悪がったりしない。頭では分かっていても、その万が一が怖かった。もう一度、顔を上げてナツの顔を見るのが怖くて、じっと自分の手を見ていた。手にはナツがくれたチョコレートの箱を持っていた。その箱をナツに気づかれないように自分の後ろに隠そうとしたときだった。頭の上にナツの手が乗せられて、思わず顔を上げてしまった。
 灰色のパジャマを着たナツは、とろけるような笑顔で朔良を見ていた。
「な……ナツ」
「朔良、好きになってくれてありがとう。嬉しいな」
 嘘偽りない感謝の言葉を貰って、心からナツが推しで良かったと思えた。きっと今の自分は、ぐちゃぐちゃに蕩けた情けない顔をナツに晒している。それなのにナツは少しも嫌な顔をしていなかった。

「あ、朔良、もしかして、そのチョコって、俺があげたやつ? え、四年前でしょ」
 隠すタイミングが遅れて、箱をナツに見つけられてしまった。
「な、ナツが……ずっと、好きで、でも、僕のこと知られたくなくて」
「……へぇ。朔良は、そんなに、好きなんだ俺のこと」
 目を細めて朔良を見つめるナツは、今まで見てきた、どの推しの表情とも違った。こんなナツを朔良は知らなかった。その真摯な眼差しが、少し怖かった。
「ぇ、あ……ち、ちがっ」

 ファンだと伝えるつもりが、焦って告白みたいになってしまったと気づき、慌てて否定しようとしたら、突然右手首を掴まれた。
「え、じゃあ、嫌いなの?」
 桜のように柔らかに笑うナツに出会ってファンになった。けれど妄想の中のナツはいつだって、朔良の耳元で意地悪なことを囁く。甘えるような声で命令されたら、朔良はなんだっていうことをきいてしまった。
 けれど、それは朔良の妄想の中の話だ。現実と妄想の境が急に曖昧になる。
「ねぇ、教えて。誰が好き? もしかしてリーダーじゃないよね?」
「な、ナツが大好き、一番好き、です」
 顔を真っ赤にして、慌てて好きだと言っていた。

「……顔、真っ赤、かわい。俺も、朔良が好きだよ」
「え」

 アイドルに好きを伝えたら「ありがとう、これからも応援よろしくね」と返されるだけだと思っていた。アイドルとファンの関係なんて、それ以上でも以下でもない。朔良はナツからの予想していなかった返事に頭が真っ白になった。
「朔良の、その好きってファンの好きじゃないでしょ。朔良は演技上手だけど、俺の前では下手だね」
 ナツの言葉に体が急速に冷たくなっていくのを感じた。それは一番、本人に知られてはいけないことだった。
「っ、ご、ごめん、なさい。ゲイだって黙ってて、ごめんなさい。ナツに迷惑かけたくなくて、気持ちバレないように隠れてるつもりだったのに。演技出来なくて、ごめんなさい」
 涙腺が崩壊して、ぼたぼたと涙が溢れた。突然、壊れたように泣き出した朔良を見たナツは、その場で慌てふためいた。
「ぁ、違う、違うよ。朔良を困らせたいわけじゃなくて。ほら、大丈夫だから、泣かないで」
 ナツは朔良に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく宥めるように背中を叩いた。涙で濡れた朔良の頬をナツが指先で、そっと拭ってくれる。
「ご、ごめん、なさ。気持ち悪くて」
「気持ち悪いとか思ってないよ。俺に知られて怖かったんだね。大丈夫、誰にも言ったりしない」
「っ、ぁ……」
「嬉しいよ。朔良の気持ち」
 ナツの広い胸に抱きしめられて、ふいに身体の力が抜けた。ナツには年下の弟や妹がいるんだろうか。なんだかあやし方が手慣れていた。ナツの胸に抱かれていると不安や恐怖を吸い取られているみたいで、急に小さな子供になったみたいに感じていた。
「俺が役者の才能あるって思った朔良が、その演技出来なくなっちゃうくらい、俺が好きってことでしょう。そんなの、とびきり嬉しいに決まってる」
 恐る恐る顔を上げると、そこには大好きなナツの優しい微笑みがあった。
「う、嬉しい、ですか」
「うん」
「朔良、俺も好きって、本当だよ。ちゃんと伝わってる?」
「え……なん、で。僕を」
「朔良は、アイドルじゃない本当の俺を見ても、幻滅しなかったよね。俺と自然に接してくれて、特別扱いしない。そういうの、いいなって思った」
 たくさんのファンに囲まれていても、アイドルは孤独だ。けれど、ほんの少し、そばにいただけの自分に、ナツが欲しがってくれるような特別な価値があるとは思えない。頭の片隅で、今のナツは雰囲気に流されているだけなんじゃないかって思っていた。初めての当たり前の普通の日常が楽しくて、キラキラと輝いて見えて、この時間を失いたくないと感じた。
 けれど、それは朔良だって同じだった。神聖視していたアイドルの素顔に触れて、恋に気づいた。
「でもナツは、ゲイじゃない。だから、その気持ちは……」
「んーどっちでもいいかな。好きになった人が好きじゃダメ? あんまり気にしたことがなくて」
 ナツは、そう言って、もう一度、朔良の背中に腕を回した。余すことなく抱きしめられると、風呂に入ったせいか、昼間した柑橘系の香水の香りがしなかった。代わりに自分と同じシャンプーの匂いがする。プライベートな香りを共有している事実に、頭の片隅へおいやっていた欲を思い出してしまった。じわり、じわりと、身体の内側に落ち着かなさを感じた。
 それはナツも同じ気持ちだったらしい。
 気づいたときには、ナツに抱えあげられて後ろのベッドの上にいた。ナツがベッドに膝を乗せると、スプリングの軋む音が微かにする。
「ぁ……あの、僕。こんな、つもりじゃ」
「ん、どんなつもり。俺と一緒じゃない?」
 朔良のいやらしい頭の中を全部、ナツに見透かされているみたいだった。鏡写しのように、ナツが欲にくらんだ瞳を朔良へ向けていた。
「幻滅した? アイドルだって性欲はあるよ」
 もしも幻滅されるなら自分の方だと思った。

 *

 ナツの灰色のパジャマが肩から滑り落ち、余すことなく推しの裸体が、目の前に晒される。神様を見つめるみたいに、ベッドの上でナツを観察していたら、ニヤリ、と意地悪く微笑まれたあと、朔良の着ていたスウェットをあっさりと奪われてしまった。
「ねぇ朔良、ドキドキするね。悪いことするって」
「……あの、ほ、本当に、僕とする、んですか」
 悪いことをしている自覚はあるらしい。アイドルを辞めるつもりだからなのか、あるいは「アイドルはみんなのもの」って自覚がないのか。
 水谷には商品には手を出すな、襲うなと釘を刺されていたのに。言われたその日の夜に推しとベッドの上にいる。罪悪感はあれど、推しにベッドに誘われて断れるファンなんていない。

「駄目? 無理強いはしたくない、けど。もしかして、朔良は俺とはエッチしたくない?」
 何百回と妄想していたナツと同じように、甘えるようにねだられて、夢みたいだった。
「し、したい、です」
「じゃあ、しようよ。ね、朔良は、俺を抱きたい? それとも抱かれたい」
「……だ、抱かれたい人、です」

 消え入りそうな声で答えていた。
「うん。分かった。ほら、そんな隅っこじゃなくて、こっち、おいでよ」
 こんなつもりではなかった、がいくつもある。死ぬまで自分がゲイだとカミングアウトするつもりはなかったし、そもそもナツにファンだと伝えるつもりもなかった。それにナツが、こんなに性に対して奔放だったのも驚きだった。お互いの気持ちを確認したその日にセックスするなんて、これは普通なんだろうか。もっとナツは恋愛に対して奥手な人だと思っていた。
 ナツは朔良が考えていた恋愛のハードルを易々と飛び越えてきた。
 迷いからベッドの上で動けずにいると、ナツに手を引かれ広い胸に抱き止められた。

「僕、は、鼻血、でる、かも」
「えーそんなに、好き? 俺のこと」
 ベッドでお互い余すことなく肌を晒し合っていた。ナツはドキドキすると言ったが、推しの白い肌を見ているとドキドキどころじゃない。今にも口の中から心臓が出そうだし、興奮から鼻血を吹きそうだった。
「嬉しいな、こんなに俺のこと欲しがってくれて」
 向かい合ったまま探るように額にキスされた。推しに口付けられた衝撃に呆けていると間髪入れずに唇を重ねられた。朔良の頭の後ろに回された右手は洗いざらしの黒髪を優しく撫でている。
 セックスも初めてなら、キスだって初めてだった。朔良の性的な知識なんてAVくらいだ。自分と違ってナツは経験豊富なんだろうと思いながら、夢中でナツと初めてのキスをした。最初、唇を合わせるだけだったキスは、いつの間にかお互いを求めるように舌が交わっていた。
「あれ朔良、チョコレート、食べたの。甘い」
「ぁ、えと、ナツに、見られたくなくて、あのチョコ」
「ふーん。ずっと俺があげたチョコ持ってたの、恥ずかしかったんだ」
「ッ、ぁ」
 ナツの唇は首筋を伝って朔良の胸元へたどりつく。女の体ではない、平たく貧相な胸に触れたら、ナツは正気に戻るんじゃないかと思った。
「キス、気持ちいい?」
「だ、駄目、ナツ」
「ん、駄目なの? 困ったな」
 朔良の身体の上で喋りながら「ふふ」と楽しそうに笑われる。
「あのね、俺さ、誰ともしたことなくて。だから朔良が気持ちいいところ、たくさん教えてね」
「…え」
「ん?」
 そのナツの衝撃の告白に、一瞬で興奮が冷めた。

「あ、あのっ、な……ナツが、童貞って、コト」
 朔良が口を震わせながら言うとナツは、はにかむように笑った。年上なのに、こころなしか、可愛らしく見えてしまう。
「な、何で、こんな国宝級の美形を世の中が放っておくなんて、世界が間違ってる」
「もう朔良。朔良は、たくさん経験あるのかも知れないけど。仕方ないでしょ、シたいって人がいなかったんだから、仕事だって忙しかったし相手なんて……」
「ッ、そんな、ど、どうしよう、僕、こんな」
 初めての相手が自分だなんてナツは、絶対後悔するだろう。朔良は特別床上手なわけじゃないし、誰かと寝た経験もない。キスもナツが初めてだった。自分はナツが相手なら最高の経験だが、ナツの初めての相手が自分という事実を頭と体が受け止められない。
 ベッドの上で膝を抱えて小さくなっていた。
「え、どうしたの朔良。もしかして食べたチョコ、古くて傷んでたんじゃ……お腹痛い? 四年前だもんね」
「そ、そうじゃなくて! ぼ、僕、何も知らないよ」
「え?」
 朔良の告白に、今度はナツが目を見張って驚いていた。
「僕としてナツが気持ち良くなかったら、ど……どうやって責任取ったら、それに、ナツの初めてが僕なんて恐れ多くて、こ、怖いよ」
 今にも泣きそうな目でナツに訴えると、突然ナツがベッドに転がって、お腹を抱えて笑い出した。
「あはは! お、恐れ多いって、えーそっか朔良も初めてなの? ふふ、よかった。ゲイの人って付き合いが派手ってきいたことあったから、俺のえっち下手でがっかりされたらどうしようってドキドキしたじゃん」
「そ、そんな、ナツにがっかりとか、絶対、ないよ」
「あー緊張して損した。頑張って朔良の理想のアイドルっぽく格好つけたのにな」
「格好つけ……?」

「ねぇ、どうだった? 俺、一生懸命頑張ったんだけど」
「……か、カッコ、よかった、です、けど」
 朔良を翻弄した際どい言葉の数々は、朔良を喜ばせるためだったらしい。ベッドの上で恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているナツは、座っている朔良を見上げシーツの上にあった朔良の手を引いた。お互い裸で横になって至近距離で顔を合わせた。
「ね、朔良、キスも初めてだった?」
「う……うん」

 ナツの柔らかな唇を思い出して、唇が震えた。その震えに応えるようにナツの唇が再び重なる。
「こんなに誰かに触れたくなったの、俺、初めてなんだ。ね、朔良のこと、もっと教えてくれる? ゆっくりでいいから」
 朔良はナツの求めにこくりと頷いた。
 ナツの素顔に触れる度に、愛しいと思う気持ちが溢れてくる。アイドルのナツを偶像崇拝していたのに、アイドルじゃない部分のナツに触れて、恋を知った。恋を知った途端、ナツの素顔をもっと知りたくなった。

「――好きだよ。朔良」