タトン、タトン、と妙な足音がした。まだ治りきらずにびっこを引くマナが急いでいる音。
 鍵を開けたマナは、笑い出すのをこらえているような、変な顔だった。

「みゃ……?」
「ただいまコタ」

 サササ、と室内に入り荷物を置く。買い物袋からのぞいたのは《《いいビール》》だ。朝はあんなに嫌々出て行ったのに何があった。
 マナはふうぅぅ、と息をととのえる。俺の前にペタンと座る。

「――コグレ君に告白された」
「ふみゅ?」

 告白。何を? だがマナは続ける。

「先輩だけど、頼りになるけど、かわいいとか言われたら……もう、もうっ、どうすりゃいいのよ!」

 真っ赤になって一人でもだえられても、俺もどうすりゃいい。
 いや、これもあれか、聞いてやればいいだけのやつか。この寂しん坊、どうにかならないかな。

「みゃあ」

 てし。マナの膝を叩いてやったら我に返ったらしい。ハッと顔を上げる。

「あ、ご飯だね。あと私もシャワーして落ち着こ。祝杯だよ!」

 ……祝杯?



「――アライさんたちは、やっぱり辞めたんだ」

 部屋着になったマナは、カコン、とビールを開けた。
 朝には嫌そうだったことを笑いながら話している。何があったんだろう。俺は食後の毛づくろいをしながら聞いてやった。

「来月のシフト組んでから辞表出すの、嫌がらせだよねー。そういうとこでしょ、コグレ君にフラれるの」

 ……ふん?

「私からパワハラされたせいで辞めるとか言ったみたいなんだけど。私が呼び出されたらコグレ君がついてきてね。コグレ君にフラれたアライさんが逆恨みして、友だちのワタリさんと一緒に私が困るように立ち回ってたんだって。店長の前で証言してくれた」

 ……なるほど?

「でね、で、その後でコグレ君と二人になってね。勘違いの逆恨みじゃなくて本当です、てボソボソ言われてさ! やーんもう!」
「みゃ! みゃう!」

 ハシッと捕まえられて頬ずりされた。もがいたら抱っこし直されて、今度はやさしくなでられる。

「にゃあ」

 俺もマナのことをペロペロしてやった。

 もうつらくないんだな?
 いいことがあったんだな?
 それはコグレがいたからか?

「ん。私だいじょうぶ。元気だよ」

 そうか。ならいいよ。
 俺は仕事の役には立たないから。外ではコグレがいて、マナを守ってくれるならそれでいい。他の奴に任せるのは少しシャクだけど、俺は家でしかマナのこと守れないんだ。

 だって、俺は猫だからな。