雨はやんで静かだったが、今日の俺にはマナの帰宅がわからなかった。足音が二つあったからだ。
「あ、ここ。もう平気だから」
「いや、鍵開けて下さい。荷物と傘持ってます」
「あ、ありがと」
外から聞こえてきた声は、マナと知らない男――なんだよ、誰だよ。
ガチャ、と開いたドアに駆け寄り外をにらむと、マナの隣にいたのは無害そうな奴だった。
「ただいま」
エヘヘ、と笑ったマナはひょこひょこと歩く。足、どうした。
「わ、この子がコタロウ君ですか。りりしいですね!」
男が俺を見て目を輝かせる。猫を見る目はあるようだ。
「あ、ごめんドア閉めて。出ちゃうと困るから」
「え、あ、じゃあ失礼します」
「あああ、そういう意味じゃないんだけど。ごめんね、ありがとう」
慌てるマナにペコンと頭を下げ、荷物を置くと男はさっさと出て行った。マナが恥ずかしそうに悶絶する。
「やだ私、すごい失礼! わざわざ送ってくれたのに!」
壁につかまりながら靴を脱ぐ。朝のレインブーツとやらは、片方のかかとがグラグラしてガムテで巻いてあった。俺はそこをクンカクンカする。
「……久しぶりに使ったらヒールがはがれたの。最悪」
マナがうめいた。それで転び、足首をいためたらしい。ヨロヨロ歩いているのを心配して今の男が送って来てくれたというわけだ。マナはテーブルに突っ伏した。
「やっばいわー! 『先輩、意外とほっとけない感じなんで』とか言われた! コグレ君なんてコグレ君のくせに!」
ふん、あれがコグレか。たまに名前は聞いている……何を照れてるんだ、マナ?
赤い顔で買い物袋からゴソゴソ取り出すのは湿布とテーピング。何なのかはマナが使うのを見てなんとなくわかった。治療のための物か。
「……ドラッグストア行ったら、コタにもお土産って買ってくれた」
袋の底から猫缶が三つも出てきた。にゃんと。コグレ、いい奴だな!
「あーもー、どうしよ。勘違いだったら痛すぎるけど……そういうこと?」
何を言ってるんだろうな、マナは。
まあ怪我したわりに元気そうでよかった。薬を買ったり荷物を持ったりしてくれたコグレのおかげかな。俺じゃそんな場合は役に立たない。
だって、俺は猫だからな。