マンションの廊下を近づく足音。
これはマナだろうと思ったら、やっぱり鍵がガチャリと鳴った。
「ただいま、コタロウ」
「にゃ」
俺は待っていた素振りを見せず、ひと声こたえた。
マナは買い物袋を足元に置き、カバンや上着をさっさと片付ける。うん、まだ仕事モードか。
「はぁ、お風呂……シャワーでいいや」
俺の前をスタスタ歩いて着替えを取ると、マナは風呂場に行った。サー、という水音がし始める。
これだけは本当にわからない。どうしてそんなに水が好きなんだ? まあ今日は俺を風呂に入れようとはしないだろう。あれは休みの日にやられるものだ。
俺は悠々と買い物袋をあさる。
うむ、新しい猫缶を発見した。おい、さっさと風呂から出てコレを開けろ。
「あーさっぱりした。あ、こらコタロウ、勝手に猫缶出して!」
床に転がる猫缶をつつく俺に、マナはくちびるを尖らせる。
「うみゃお」
「もー、目ざとい……へへ、わかるの? これ新発売だよね、見たことないのがあったから買っちゃった」
「みゃ」
「はいはい、ちょっと待っててね」
俺がソワソワしているのがバレたのか、マナの声が弾む。
買い物袋から自分用の惣菜も出してテーブルに置くと、猫缶を俺の皿に出す。
「みゃう」
「はいはいはい、お待たせだよ。おいしいといいなあ」
俺の前に皿を置くと、マナは自分のビールを開けた。
「ほいコタ、乾杯じゃ、乾杯」
「みゅ」
「つれないなあ、もうちょっと客あしらいできるようになろう?」
誰が客だ。おまえは俺のしもべだと言ってるだろう。
「おいしい? ふふ、コタはいいよね、働かなくていいんだもん」
そりゃそうだ。猫だからな。
「お客さんワガママ言うからさ。今日も大量に試着室持ち込みされかけてお声掛けしたら逆ギレされたのー」
またわからんことを。
だけど別に返事はいらないんだろう。ただ聞いてやれば、それで。
「だけど大声出されたところでコグレ君が飛んできてくれてさ。男が現れたとたん黙るんだよね、私なめられてるー。コグレ君なんて私が教育係したのにな」
俺は黙々と猫缶をたいらげる。マナはしゃべりながらグビグビとビールを空ける。
朝はあんなにご飯で騒いだくせに、夜は惣菜をツマミにするだけだ。太っちゃうと言うが、ならビールはいいのか。
二本目を出してきたマナはだんだんフニャフニャし始めた。このまま寝るのはやめとけよ。俺は毛づくろいしながら横目で監視してやった。
「にゃ」
ぼんやりして寝そうなマナをつつく。キッチリ飲み終えるのはえらいが、寝るならベッドで寝ろ。
「ん。ありがとね、コタ」
猫にお礼が言えるマナはまともな人間だと思う。よしよし。
マナが歯みがきしてベッドに入り、あっという間に眠るのを俺は見守った。
俺? 俺は起きてるさ。夜は俺のものだ。
だって、俺は猫だからな。