とっくに夜が明けていた。
 マンションの一室に鳴り響く電子音に俺は閉口する。毎朝毎朝うるさい。
 俺は目覚ましを仕掛けた犯人を起こしに行った。

「にゃー」
「ふぅ~ん」

 幸せそうにムニャるんじゃねえ。

「にゃッ!」
「やぁん、コタぁ。んふー、おいでぇ」
「むぎゃっ、ふみゃああ」

 布団に引きずり込まれそうになる。俺はその腕に軽く爪を立て、逃げ出した。教育的指導だ。

「いたッ! ひどぉい、コタロウ!」

 抗議されたのを無視して俺はベッドから飛び下りる。
 奴は仕方なしにゴソゴソ布団から出るとカーテンを開けた。よく晴れている。

「おはよー、コタ」
「にゃ」
「あん、冷たいにゃー」

 にゃーじゃねえ。しゃんとしろ。
 このフニャフニャした女はマナ。人間だ。
 俺か? 俺はコタロウ。こいつと暮らしている猫さ。

「うみゃあん」
「んー、ごはんねぇ。待って待って……」

 マナはぼんやりと冷蔵庫を開ける。

「あ、カリカリこっちじゃなかった」

 ついでに自分の納豆を取り出すと、それは置いておき俺のカリカリと水を皿に用意する。
 そう、おまえは俺のしもべだからな。俺が優先だ。

「コタロウ、ごはんだよー」

 食事を始めた俺をうふふ、と眺めてマナは満足そうだった。まあいつものカリカリだがヨシとする。

「いい食いっぷりだねえ。さて私も食べなきゃ。ああっ!?」

 マナは炊飯器を見て悲鳴を上げた。フタを開けてみて絶望の顔になる。

「うそぉ、ごはん炊けてない! 予約ミスった? もう納豆の気分になってたのにどうしよ、冷凍は……あった! 私天才!」

 マナは冷凍ごはんをレンジに突っ込んで温め始めた。
 絶望したり喜んだり忙しいマナを放って俺は食べる。いちいち反応してやる気はない。

「あーでも、お弁当の分がない。今日はどこかで買って行くか……あのねコタ、私ねぇ、これでもデキる先輩で通ってるんだよ。仕事優しく教えてるし、お弁当持参するし。冷凍食品は神ね。お店のバックヤードでササッと食べなきゃだから、買いに出てる時間ないもん」

 俺に言われてもわからん。マナはピーピーいったレンジからラップにくるんだごはんを出し、お手玉した。

「あちゅッ! んーもう、マナ様を攻撃するとは生意気な、そんなごはんは食べてくれようぞ!」

 こいつ、黙っていられないんだろうか。寂しん坊にもほどがあるぞ。かといって俺がかまってやるのも面倒だが。

「いただきまーす……はぁ」

 インスタント味噌汁を飲んだマナは、スン、と落ち着く。というかスイッチが切り替わったな、これ。
 テキパキと食事をし、着替え、化粧する。たぶんこれが外で仕事している時のマナなんだろう。フニャフニャ言ってた女はどこ行った。味噌汁で眠らせたのか? わけがわからない。

 だって俺は猫だ。
 いつだって猫だ。
 カリカリを食べても缶詰を食べても変わらない。

「行ってくるね、コタロウ。いい子でお留守番しててよ?」
「うにゃー」

 俺はひと鳴きこたえた。
 マナが俺をなでようとする手をすり抜けて部屋の中に戻る。独りにしろという態度を取ると、マナは安心して俺を置いて出かけていくからな。
 それでいい。おまえはちゃんと俺のカリカリと猫缶を稼いでこい。俺はのんびり昼寝でもしてる。

 だって、俺は猫だからな。