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あの決意の日から一週間。
リビングで誕生日を祝ってもらったあと、俺は自分の部屋に戻った。
パジャマの上からパーカーを羽織って、ベッドに座り、スマートホンを持った。
マッチングアプリをダウンロードする。ダウンロードの進捗を表すタスクバーを見ながら、心臓が鼓動を高めていく。
これは期待だろうか。それとももう引き返せないぞ、という恐怖だろうか。
緊張感が高まる。
途中でスマートホンの着信音が鳴った。俺はビクっとなった。
新規メッセージの着信を知らせる窓がひらいた。
「雅人:お誕生日おめでとうございます」
雅人からのメッセージだ。
メッセージを送ってきてくれたことは素直に嬉しい。でも――
ご・ざ・い・ま・すう?
そんな他人行儀なメッセージいらねーよ。
俺がお前に求めていたのはそういうのじゃないんだよ
俺は意固地になって雅人からの着信を無視し、マッチングアプリのインストールを待つことにした。
雅人が忙しい受験勉強の最中に、俺の誕生日を覚えていてくれたのは嬉しかった。でも、このタイトルで予測がつくように、たぶん内容は生真面目な定型文だ。
わかっているのに――。
俺は迷ったあげく、結局無視できなくなって、メッセージ画面を開いてしまった。
雅人からのメッセージ全文を読む。
『お誕生日おめでとうございます。お互いとうとう十八歳だな。充実した年になるといいですね』
ほらね。出木杉君かよ。
なんともいえない脱力感が俺を襲う。
俺が期待するような内容なわけないんだよ。雅人は俺の気持ちなんて全然わかってないんだから。
でもメッセージを送ってくれた事実は単純に嬉しい。
相反する気持ちの板挟みになる。
物悲しい気持ちになりながら、俺の指は反射的に動き、返信を入力する窓を開いた。
しかし、点滅するカーソルをみつめたまま指が止まる。
なにを伝えればいいんだろう。
『これからも一年間よろしくな』
年賀状かよ。
『これからもいい友達でいてくれ』
いい友達ってなんだよ。どんな関係だよ。俺、嘘つくの下手なんだよ。
『俺はこれから、もっとお前を知りたいんだ。正直なお前の気持ちが知りたいんだよ。俺たちの関係は? 雅人はどうなりたいの?』
これだ。きっとこれが正直な気持ちだ。
でも……怖ええよ。
十二年間一緒にいる相手からこんなの送られたら、執着強すぎて怖いよ。
でも、俺の本性は、その怖くて痛い奴だったみたいだ。
俺はスマートホンをベッドに投げて、突っ伏した。情けなかった。俺はどうしてこんなに不器用で意気地のない人間なんだろう。
一番送りたい言葉はどうしても送れないのだった。