雅人『めっちゃ腹立ってきた。勉強手につかないから直接電話していい?』
俺が返事を送る前に、問答無用で着信音が鳴る。
俺は床に転がったまま、おそるおそるスマホを耳に当てた。
「おい!」
「……はい」
普段穏やかな雅人が、別人のようにドスのきいた声で話す。
「お前さ、あれなんなの。デートとかって」
「あの」
どう説明すればいいのか、口ごもる俺に、雅人は低い声で言う。
「陸也、今年の二月のこと覚えてる?」
「え?」
雅人の声には、こころなしか怒りを抑えているような響きがある。
二月といえばまだ、外部受験すると告げられる前だった。放課後、毎日仲良くつるんでいた頃だ。
「バレンタインデーにふたりでチョコレートパフェ食べに行ったの、覚えてる?」
「ああ、うん。うまかった」
「そんだけ?」
「え、なにが」
雅人が電話の向こうで深いため息をついた。
「有名ショコラティエ監修の期間限定のチョコレートパフェ。俺が予約して、お前にプレゼントしたよな」
「う、うん」
たしか二千円くらいするスペシャルパフェだった。ガナッシュは絹のような舌触りで、口の中で淡雪のように溶けていった。上品なのに濃厚な甘さを味わい、名残惜しいような気持ちで飲み込むと軽やかなカカオの香りが鼻孔を抜けていった。
夢中でスプーンを口へ運ぶ俺を見て、向かいの席の雅人は面白そうにくすっと笑って、指先で俺の唇の端についたクリームをぬぐってくれた。
俺は幸福な時間を思い出した。