「うわー、すっげー人混みだな」
「まさかここまで賑わってるとは……」

祭りの会場にたどり着けば、出店で囲まれている道は人で埋め尽くされ、人の流れを一歩でも間違えれば途端に飲み込まれるほど行き交っていた。
神社の本堂までを目的とするなら辿りつくのに時間を要するであろう。
交通機関も混んでいたことからそれなりに覚悟をしていた二人であったが想像以上の光景に圧倒される。

「気を少しでも緩めれば一巻の終わりと言っても過言ではなさそうだ」
「まあ合流するの大変そうではあるな」

顎に手を添えながら人混みを眺め、真剣な眼差しで言い切る冬夜。
大げさな物言いではあるが、大まかな意見に同意は出来るので春斗は頷いた。
お祭りデートではあるが、二人の装いはラフなもので動きやすい格好をしている。

「こんだけ人が多いとはぐれそうだし、さすがに手繋ぐか」

ふいの提案に冬夜は肩をビクリと震わせギギギと効果音が鳴りそうなくらいぎこちなく顔を春斗に向ける。
春斗は人混みを物珍しそうに眺め続けている。

「(確かに、この状況で手を繋ぐ行為は合理的ではあるが……しかし、誰かに見られて……も不味いということもないな。付き合っているのだし。ただ、健全なお付き合いをしている身としては、やはり許さざるべき、か?)」

その場でしゃがみ込みうんうん唸りだす冬夜を春斗は横目でちらりと確認する。
また難しいこと考えてんだろうなとやや呆れつつも、それが冬夜という男なのだとなんとなく理解してきていた。
断られるのも念頭に入れつつ、待っていれば冬夜はすくっと立ち上がった。

「い、致し方なく、繋ぐんだからな」
「はいはい」

ツンデレな冬夜を春斗は軽くあしらう。
春斗の差し出された手を目にした冬夜は生唾を飲み込み、緊張した面持ちでぎこちなく自身の手を近づける。
指先が触れ合いびくりと手が一瞬引くも、ゆっくりと春斗の手を掴んだ。
手を握ると春斗の熱を感じ、冬夜の胸が弾む。
羞恥が先に立つかと思っていたが、春斗と手を繋げたことは冬夜にとって想像以上に感極まることであった。
どきどきと胸が高鳴り、冬夜はニヤけそうになる表情を必死に抑えていた。
春斗はというと、繋いだ手をじっと見つめていた。

「じゃあ行こうぜ」
「あ、ああ」

にかっと笑いかけられ、冬夜ははにかみそうになりながら頷いた。
春斗が先導して出店の並ぶ道を歩く。
歩幅は制限され、窮屈な思いをしているというのに苦とは思わないのは繋がれている手にしか意識が向いてないからだろう。
冬夜は他のものには目もくれず繋いだ手を穏やかな気持ちで見つめていた。

「お!あっちに金魚すくいがある!行こうぜ!」
「ああ」

春斗の誘いに頷くと、手を引かれるまま冬夜は足を動かした。
金魚すくいをしたいのかと推測したが、金魚すくいの出店を覗いたと思えば春斗の興味はすぐに他を向いた。

「あっちには型抜き!そっちにはヨーヨーすくいもあるぞ!」

店を覗いては次の店へと向かい始める春斗に冬夜は戸惑いながらも足を動かしていたが、目的もなく歩き回る春斗に段々とイライラが募り始める。
10件目で冬夜はとうとう堪忍袋の緒が切れ、繋いでいる手を振りほどき春斗に詰め寄り、凄む。

「さっきから僕が何も言わないことを良いことに好き勝手歩き過ぎじゃないか!?」
「やー。ごめんごめん。冬夜と手繋いでると思うと嬉しくてつい調子乗っちゃってさ」

片手で自身の首を撫でながら楽しそうに笑って弁明する春斗。
謝ってるわりには悪びれている様子がない。
しかし、冬夜は嬉しくて、という言葉にピクリと反応する。
何も言わない冬夜に春斗は言葉を続ける。

「でも冬夜と手繋いだら幸せな気持ちになれるなんて大発見じゃね?」

屈託のない笑顔でそんな事を言い切られてしまえば冬夜は堪らなくなる。
怒っていた気持ちが風船から空気が抜けるように萎んでいく。
そして、代わりに湧いて出たのは照れであった。
口が緩みそうになるのをぐっと堪えたが抑えきれず、春斗から顔を背ける。
そして、数秒。
冬夜はおずおずと手だけを春斗に差し出した。
それを見た春斗はきょとんとする。

「ほら、手を繋ぐんだろ」
「振り回してもいいってこと?」
「今日だけだからな!あと、思いつきで歩き回るな!疲れる!」
「わかったわかった。ありがとな」

ふっと春斗は笑うと冬夜の手に自分の手を重ねる。
再び握られた手を冬夜は静かに握り返した。
それから先ほどとは打って変わって春斗は目についたものに飛びつかなくなり、のんびり歩き始める。

「腹減ったから何か食べねぇ?」
「そうだな」

二人は近くにあったたこ焼きの出店に立ち寄る。
香ばしい香りが食欲をそそるが、太い文字で書かれている値札を見て、春斗は目を見張り思わず小さく悲鳴をあげる。

「出店の食べ物たけぇー。たこ焼き2つ買ったら1時間分の給料一瞬で吹き飛ぶな」
「働いてる者のお金に対する重みは違うな」
「ほんとほんと。働き始めてからお金の大切さを理解できたよ」

春斗はため息を吐いて肩を竦めた。
冬夜は自分が経験していないことを春斗は先に学んでいるのだな、と少し尊敬の目を向ける。
うーんと値札とにらめっこする春斗は悩んだあと、冬夜に相談を持ちかけた。

「出店で売ってるのはシェアで食べて、足りなかったらコンビニでなんか買わね?」
「ああ。そうしよう。そちらの方が学生らしいし、シェアするのも楽しそうでいいな」
「じゃあ決まりだな」

それからたこ焼き、焼きそばと何種類か買い揃え、出店の道から外れると飲食をしている人たちが集まっている一角に行き、購入した食べ物を各々手に取る。
春斗は焼きそばのパックの蓋を開けようとして、何かを思いつき顔を上げた。

「そうだ。折角だし写真撮ろうぜ」
「し、写真か。まあ、構わないが……」

手を繋いだり、写真を撮ったりとやけに恋人らしいことが続いているが夏の暑さと祭りの熱気のせいで感覚が麻痺して受け入れやすくなっているのだろう。
冬夜はすんなり承諾した。
春斗はスマホを取り出すと内カメラにし、画面内に2人が収まるのを確認すると「はい、チーズ」と掛け声をする。
冬夜は自身の体が少し身構えたのを感じた。
春斗の指が画面に触れるとパシャシャシャと何度もシャッター切る音が響いた。冬夜の目が点になる。

「今、連射になってなかったか?」
「……ぷっ。あっはっは!冬夜とのツーショットたくさん撮れたな!」

指摘に、春斗は噴き出した途端、腹を抱えて可笑しそうに笑い出した。
冬夜はますます頭にクエスチョンマークが飛び交う。

「今のは冗談なのか?それとも本気で間違ったのか?」
「なんかどっちでもいいくらいに面白かったな!」
「どっちなんだ?気になってしょうがないんだが……」

笑いながら春斗は撮った画像を確認する。
少し表情の固い冬夜が写ってるのを目にすると、春斗はカメラを再び起動させ、未だに詰め寄ってくる冬夜へとレンズを構え撮影した。
急なことで驚く冬夜だったが、再び春斗がレンズを向けて自身を撮ったことでぴくりと片眉が吊り上がった。
不躾に写真を撮られていると理解すると冬夜も負けじとスマホを取り出し、春斗を撮り始める。

「そちらがその気なら僕だって相応の仕返しをさせてもらうからな」

冬夜なりの宣戦布告であった。
それを聞いた春斗はスマホを構えながら悪戯な笑みを浮かべてひらひらと片手を振った。

「今、動画になってるぞー」
「んな!汚いぞ!」

途中から春斗のカメラ設定が動画に切り替わっていることを知らされた冬夜はそれをやめさせようと手を伸ばすが春斗はひらりとそれを躱す。
その攻防はしばらく続くが、春斗の腹の音が鳴ったところでようやく終りを迎えた。

「あー。ふざけてたら本格的にお腹すいたぜー」
「……本当に。こんなに空腹になったのは久々かもしれない」

二人はスマホを懐に戻し、改めて買ってきた食べ物へと手を付け始めた。
口にした食べ物の感想をいいつつ、半分食べたところで互いに交換する。
男同士ということもあり、やはり量が足りないので二人はコンビニへと向かう。
皆考えていることは一緒なのか、ほとんど品薄状態だった。
余り物は普段は買わないような物ばかりだったがこの際腹に入ればなんでも良かった二人は適当に籠に入れ、会計を済ませた。
コンビニを出てすぐに買ったパンを頬張る。

「さっき撮った画像送っとくなー」
「ああ。ありがとう」

春斗は片手でスマホを操作する。一拍置いて冬夜のスマホの通知が鳴る。
確認すれば二人で撮った画像と冬夜のみが写っている画像、そして動画が送られてきていた。

「……僕の画像と動画は消去しておいてくれ」
「わかったわかった」

軽い返事をした春斗はスマホを懐に仕舞った。
どう考えても消去する動作をしていない。
冬夜は疑いの目を春斗へと向ける。

「消していないよな?」
「家に帰ってから消すよ」
「本当に消すんだな?」
「……」

目を泳がせる春斗に冬夜は顔をしかめる。
そのまま時が過ぎるのを待つが、無言の圧に耐えられなくなった春斗は肩を落とし、観念するように自分の気持ちを吐露する。

「だって、折角撮ったんだぜ。勿体ないだろ」
「こっちは不意打ちを撮られたんだ。変な顔をしている画像を所持されているのを面白くないと思うのは当然の感情だろう?」
「大丈夫大丈夫。しっかりカッコよく撮れてたって」
「……送られてきた画像は間の抜けた顔をしていたが?」
「冬夜はどんな顔をしててもカッコいいよ」
「そんな言葉で誤魔化されると思っているのか」

キラキラした眼差しを向ける春斗。
そんな言葉に絆されることなく冬夜は春斗の腕を掴もうとしたが、危険を察知した春斗はひらりと逃げる。
スマホ争奪戦第ニラウンドの開始であった。
運動神経のいい春斗に翻弄されつつも冬夜は負けじと頑張り続ける。
祭りそっちのけで追いかけっこのようなことをしていれば、体に響き渡るようなドンという音が鳴ると共に空が明るくなる。
春斗ははっとし、動きが止まっている冬夜の手を強引に掴むと「行こうぜ」と花火が見える位置まで引っ張り歩く。
勝負はまだ終わっていなかったが、有無を言わせないような力強さに冬夜は一時休戦ということで手を打った。
花火に魅了され立ち尽くしている人混みに紛れ、二人も並んで空を見上げる。
色とりどりの花火が打ち上がる様を、無言で鑑賞する。
花火が打ち終わると、立ち尽くしていた人々が徐々に動き始める。しかし、春斗は空を見上げたまま動こうとしなかった。
冬夜は不思議に思い、春斗の顔を見れば彼の口が開く。

「来年もまた来ような」

春斗が何気なく言った言葉を耳にした冬夜は息を呑んだ。
春斗の中で当然のように来年も自分は一緒にいるのだと伝えてくれているようで、嬉しくなり口元が緩む。

「ああ。来年も一緒に、な」

穏やかな気持ちで冬夜が応えると、春斗は冬夜に顔を向け口角を上げた。