「付き合い始めたとはいえ、僕達はまだ高校生だ。なので交際をするにあたって、清く正しく、周りから模範的なお付き合いをしているのだと認知される必要がある」

昼休み、中庭のベンチに冬夜と春斗は腰かけていた。
今後のことについて冬夜から話があると呼び出され、弁当をつつききながら切り出された言葉に春斗は真面目なこと言ってると思いつつも耳を傾ける。

「例えばどんな付き合い方?」
「よくぞ訊いてくれた。これが僕が考えた学生間の付き合い方だ」

冬夜は懐から折りたたまれた紙を取り出し春斗へと差し出す。
春斗は手にしていた箸を置き、紙を受け取ると広げて内容に目を通す。

「えーっと……第一条、勉学を疎かにしない、第二条、奉仕作業に励む、第三条必要以上の肌の接触を禁ずる……なんか校則みてーだな」

春斗はまだ下に何やら書かれているが読むのに飽きたため冬夜に用紙を返却する。
冬夜の唇がへの字に曲がり不満を漏らす。

「しっかり最後まで読まないか」
「うーん……目が疲れるしいいや。それに、しちゃいけないことは冬夜から直接聞けばいいし」

春斗は買っていたジュースの紙パックにストローを突き刺す。ストローに口をつけるとそのまま遠くを眺めながらチューと吸い始める。
そんな春斗の横顔を冬夜は忌々しけな表情でじーっと見つめる。
勉強の合間を縫って節度を保つために考えた自分の努力を蔑ろにされたようで気に入らなかった。
その視線に気づいた春斗はストローから口を離し、紙パックを冬夜に差し出す。

「いる?」

ジュースが羨ましい目線だと思った春斗は親切心で聞いただけだった。
しかし、ふいに言われたことに冬夜は白いストローの先端に目が行き、見る見るうちに顔を赤くした。

「ば、馬鹿か!間接キスになる」

冬夜はやや強い口調で春斗を非難する。
思いも寄らない反応に春斗は首を傾げた。

「友達同士で回し飲みくらいするだろ?」
「友人と恋人では立場が違うだろう!」
「友人間の回しのみは間接キスにならないと?」
「意識するほうが気持ち悪いだろう」

冬夜の返答に春斗は差し出した紙パックを引っ込め「(そういうもんなのかー)」と受け入れ再びジュースを飲み始めた。
のほほんとしている春斗に冬夜は息を吐く。

「春斗はもう少しデリカシーについて学ぶべきだ」
「はー。付き合うって大変なんだな」
「付き合う付き合わない関係なしに覚えたほうがいいと言っているんだ」
「デリカシー、ねぇ」

春斗は呟くと懐からスマホを取り出し、電源を入れる。
冬夜はそれを見てぎょっとし、こそこそと「携帯は原則禁止だぞ」と小声で注意するが春斗は構わず片手で操作し始める。
周囲をきょろきょろと見回し教員がいないことを冬夜は確認する。

「ふーん」

スライドしていた親指を止め、春斗はスマホを仕舞った。
ようやく視界からスマホの存在が無くなった冬夜は安堵の息を吐いた。

「肝が冷える思いだった……。で、それなりの危険を犯したんだ。なにか収穫はあったんだろうな?」
「んー」

春斗は正面を向いたまま唸る。
刺していたストローを口で咥えたまま抜き取ると、歯で甘噛し遊び始めた。
行儀の悪い行いに冬夜は顔をしかめそれをパッと奪い取る。
奪い取られたストローを追うように春斗は冬夜に顔を向けた。
じっと瞳を見つめられ、冬夜は思わず顔をのけぞらせる。

「な、なんだ?」
「デリカシーを学ぶには相手のことに興味を持つのがいいんだってさ」

明るく言い放つ春斗に冬夜は瞳を瞬かせる。
春斗は得意げにニッと笑う。

「ってことは、これから冬夜を知っていけるからデリカシーも学べて一石二鳥じゃね?」

指を突き立てピースする春斗。
言われた冬夜は徐々に体が熱を帯びて行くのを感じ、顔を真っ赤にさせた。どぎまぎしながらも平静を装うように、言葉を紡ぐ。

「そ、そうだな。春斗に指導するのは僕の役目だからな」
「……なんかそのうち俺、冬夜色に染まりそうだな」
「変なことを言うな!」

涼しげな顔でポツリと呟くと春斗は箸を手に持ち途中で止まっていた弁当に手を付け始める。
冬夜のツッコミをもろともしていない。
ペースを乱されているのはこっちの方だと春斗に背を向け背もたれの縁に頬杖をつき、むくれる。
互いに初めての付き合いだから間違いがないようにとあれこれ気を回していたというのに、相手が春斗だと暖簾に腕押しもいいところだ。

「弁当食べないの?」
「食べる!」

呑気な声で問われ、冬夜は威嚇するように返事すると勢いよく弁当に手を付け始める。
春斗は驚きつつも「喉に引っ掛けないようになー」と忠告した。