大塚冬夜(おおつかとうや)は高身長で眉目秀麗、成績優秀な青年だ。
勿論そうなるまでに彼は相当努力を積み重ねていた。きっかけは冬夜の母と姉。
彼女たちは腐っており、よく『冬夜に彼氏楽しみにしてるからね』と冗談を言っていた。
そんな彼女たちの思い通りにはならないと冬夜は自分を磨きを始めた。
表向きには良い男ではあるものの本質の部分、つまり固い性格が取っつきにくい印象を与え、女子からモテることもなく、男子ともそれほど仲も良くなく、クラスで近づきがたい存在となっていた。
冬夜はそれを自身が優等生であるから周りは一歩引いているのだろうと解釈していたためノーダメージで済んでいた。
そして高校に入学してから一ヶ月経ったある日の放課後、数学の西中教員に呼び出され冬夜は足を運んだ。
挨拶もそこそこに西中は本題を切り出した。

「大塚、すまないが1年C組の戸高春斗(とだかはると)に勉強教えてやってくれないか?」
「どうして僕が?」
「戸高が教師相手だとどうも集中できないとか生意気抜かすもんだから、それなら同級生相手で集中できるのか試してみたくてな」
「僕にメリットは?」
「内申……」
「受けましょう」

冬夜は勉強を教えるだけで内申書が良いように書かれるならばやるしかないと思い即答した。
春斗は自習室にいると聞き、早速冬夜は向かうとガラリと扉を開ける。
鼻と口の間にシャープペンシルを挟み、椅子の後ろ足に体重をかけて体をゆらゆら揺らしている黒髪の男が冬夜に注目する。

「(ふむ。いかにも勉強ができなさそうな顔をしているな)」

春斗の第一印象が冬夜の中で定まった。

「あ。西中が言ってたA組の冬夜か。よろしくなー」

初対面だと言うのに馴れ馴れしく下の名前で呼ぶ春斗。
この不快感をやり返してやろうと冬夜も負けじと下の名前を強調させ、彼を呼んでみることにした。

「ああ。よろしくな、春斗」
「おう」

まるで気にすることなく笑顔で返事する春斗に、冬夜はなんだか敗北したような気になってしまった。
肩透かしを食らった冬夜は無言で春斗の前の机の席へと腰かけた。
春斗は中西が用意した問題用紙に向き合っているようで問二から手が止まっている。
書き殴られている問一ですら答えがあってなく、冬夜はやれやれと額に手を当てる。

「問一、間違ってるぞ」
「まじ? どこが間違ってるんだ?」
「まず前提が間違っている。いいか、ここはーー」

指で指し示し、冬夜は解説をし始める。
黙って聴いていた春斗だったが、解説がひとしきり終わると同時に彼は口を開いた。

「お前……教えるの下手くそだな」

悪びれもなくそう言い放たれ、冬夜のプライドはナイフでぐさりと刺された。
人が善意で教えてやっているというのに、と冬夜は怒りで震える。

「お、お前の理解力がないんだろう!」
「もう少し俺に寄り添ってくれないと。冬夜基準の理解力求められても困るんだよなぁ」

頬杖を突いてふうとため息を吐かれれば、冬夜の怒りは天井知らずに上がっていく。
がたりと立ち上がり春斗の机をバンッと手のひらで叩いた。

「明日!また同じ時間にここに来ること!」
「まあ、明日もいるからいいけど」

冬夜はふんと鼻を鳴らし教室をあとにする。残された春斗は「なんだったんだ?」と首を傾げていた。
冬夜は家に帰り着くと闘志に燃えていた。春斗にぎゃふんと言わせようと、人へ教えるコツを徹底的に調べ始めた。
そして次の日、昨日とは違いわかるように噛み砕かれた説明に春斗は瞳を丸くした。

「え、もしかして俺のために考えてくれたの?」
「どうだ。これでお前みたいな馬鹿にもわかるだろう?」

冬夜はふんと鼻を鳴らす。春斗はそんな彼をまじまじと見つめた。
まさか彼がここまで自分に寄り添ってくれるとは思いもしなかった。
つっけんどんな男だと思っていたが、冬夜の不器用な優しさを春斗は気に入った。

「俺のためにサンキューな。お礼にキスしてやろうか」
「いらん!気持ちが悪い!」

わざとらしく口をとがらせる春斗を冬夜は一蹴した。
それから冬夜はお手製の問題用紙を用意するようになり、それを春斗が解くという形に収まった。
そして、中間テストが終わり春斗は結果を報告しに冬夜の教室に現れた。

「冬夜のおかげで赤点まぬがれたぜー。ありがとな」
「よし、次は平均点だな」
「……志が高いねー」

褒められるとは思っていなかったが、まさか次があるとはと春斗は複雑な気持ちになった。
しかし、自分の為を思っていると思えば冬夜を無下にはできなかった。
部活に所属してなかった春斗は「(まあ、いいか)」と引き続き放課後の勉強会を受け入れた。
それから数日後、A組とC組がクラス合同の体育でサッカーをすることになり、冬夜と春斗は同じチームに振り分けられた。
コートに入ると春斗が冬夜の存在に気づき声を掛ける。

「お!同じチームじゃん」

春斗は嬉しそうにゼッケンの書かれている同じ色のユニフォームを引っ張り冬夜に見せた。
しかし、冬夜は浮かない顔をしている。

「どうした?やけに憂鬱そうじゃん」
「スポーツは苦手なんだよ……」
「ふーん。そうなんだ。まあ、楽しくやろうぜ」

春斗は励ますように冬夜の肩をぽんぽんと叩いた。
冬夜はフォワード、春斗はミッドフィルダーを配置される。
シュートを外した時のことを考えると冬夜は気が重かった。
試合が始まり、春斗が相手チームからボールを奪い、ゴールへと向かう。
そんな彼と冬夜はばちりと目が合う。

「冬夜!シュート!」

ふいに出されたパスに冬夜は焦ったが、どうにかボールを受け取りシュートを決める。
タイミングが良かったのか、ボールはキーパーに止められることなく枠内に転がった。
途端にワッと仲間たちが冬夜に群がった。

「やったな!大塚!」
「よっしゃー!この調子で頑張ろうぜ」
「あ、ああ」

慣れないことで上手い返しができず冬夜が戸惑っていると、少し離れたところから春斗が自分を見ていることに気づく。
にんまり笑った春斗は口元に手を添え口パクで冬夜に言った。

『ナイッシュー!』

どきりと心臓が跳ねた冬夜は胸を押さえながら、どぎまぎして『あ、ああ』と返事する。
春斗はそれを見るとにかっと笑い試合が再開するため、ポジションへと戻っていった。
胸に温かいものを感じながらその背中を冬夜は見つめていた。
そして放課後、いつも通り自習室で二人は向き合った。

「よくもあの時はパスを回してくれたな」
「ゴール決められたんだから良かったじゃん」

恨めしそうに睨む冬夜をもろともせず春斗はさらりと返事を返す。
結果良ければ全て良しを確かにそうだと、うぐぐと唸る冬夜を余所に、春斗は手詰まりの問題をどう解こうか悩み、椅子の後ろ足に体重を乗せ遊ばせ始める。
マイペースな春斗に冬夜はこれ以上不服を垂れるのは無意味だろうと諦めたようにため息を吐く。
そして、疑問に思っていたことを口にした。

「素人目からみても春斗はサッカーが上手いのに、どうしてサッカー部に入らないんだ?」

その問いかけに、シャープペンシルを鼻と口の間に挟み、頭の後ろで手を組んで椅子を遊ばせている春斗は視線を天井へと向けた。

「なんか、温度差っていうの?中学の時、俺は楽しくサッカーしたいだけだったんだけどさ、やっぱり勝たないと面白くないってのが一般的じゃん?俺、勝敗とか関係なく楽しんでたから、それが仲間の気に障り仲違いしたんだよ」

なんてことない口調で春斗はサッカー部に入部しない理由を話した。
あまりにも深刻さがない言い方だったが、サッカー部に入部していない事実がある以上、彼の中でわだかまりとして燻っているのだろう。
冬夜はじっと春斗を見つめる。

「よし、わかった。今からサッカーをしよう」
「は?」

冬夜の唐突な提案に春斗は素っ頓狂な声を出し、椅子が倒れそうになった。
慌てて体制を立て直し、椅子を地に着ける。
冬夜は開いていた教科書を閉じて、立ち上がった。

「校庭にいくぞ」
「は、はあ。まあいいけど。勉強は?」
「勉強なんていつでもできる。今はサッカーだ」

ずんずんと歩き始める冬夜に春斗は黙ってついていく。
サッカー部は今日は休みのようでボールを借りることは容易であった。
校庭の隅で二人は距離をとって向き合う。

「言っておくが僕はそんなに上手くないから期待しないでくれよ」
「パスの出し合いで上手いも下手もないから大丈夫だって」

念を押す冬夜に春斗は苦笑する。
冬夜のペースに合わせてパスを出し、パスを受け取る。
それを繰り返していき、おおよそ1時間ほど経った。

「どうだ? 楽しいか?」

冬夜が期待に満ちた表情で春斗に問う。
パスの応酬だけではあるが、人とこうしてボールを蹴り合うのは練習のようで楽しい。
しかしそれよりも、自分を楽しませるために冬夜がこんなことを提案したことが春斗は可笑しくクスリと笑った。

「ああ。ありがとな」

リフティングしながら冬夜にお礼を言う。
それを聞いた冬夜は得意そうに胸を張っていた。

「よし、気分転換も出来たし、そろそろ勉強に戻るか」
「……今日はもう勉強しない流れだっただろ」
「そんな流れはない。ほらボール片付けて教室に戻るぞ」

さっさと切り上げる冬夜に春斗はボールを両手に抱えて「まじかよ〜」と不満を漏らしながらも冬夜に素直に従った。
その日のサッカーの授業をきっかけに冬夜はクラスメイトとの距離が近づき、放課後の遊びに誘われるまでに打ち解けていた。
それを満更でもないように春斗に話せば、感心したようにへぇと相槌を打った。

「良かったじゃん。ここで男二人で勉強するよりよっぽど健全だ」
「とはいえ、俺にはお前の成績をあげる使命があるからな」
「使命になっちゃってんじゃん……。あんまり俺に気を負う必要はないんだぜ」

春斗は頬杖を突いていた顔ががくりと滑り落ちる。
そんな春斗を気に留めることなく、冬夜は鞄から問題プリントを取り出し春斗へと差し出す。
春斗はそれを受け取るとじーっと眺め見る。
自分の為に作られている懇切丁寧な問題用紙。
自分のためだけに冬夜の時間が消費されているのが春斗は気がかりだった。

「なあ、一旦勉強会お休みにしねぇ?冬夜も俺ばっかりとつるんでても飽きるだろうし、せっかくクラスの男子と打ち解けたならこの機会を逃さず掴もうぜ」

ぐっと拳を握り、春斗は爽やかな笑顔を向ける。
言われて、冬夜は何がなんでも断ろうと思っていた心がぽきりと折れた。
春斗が冬夜ばかりとつるんでいることを飽きているのかもしれないと不安になったからだ。
だから本音とは裏腹に冬夜は「ああ」と気丈に振る舞うしかなかった。

次の日から冬夜の放課後の予定はなくなった。
クラスメイトの誘いがあれば受け、なければ家に帰り勉強に取り掛かる。そんな生活を送り1週間が経った。
冬夜は教室で自身の席に腰をかけ、神妙な面持ちで両肘をつき口の前で手を組み合わせた。

「(一旦とは一体どのくらいの期間のことを言うんだ……?)」

冬夜は春斗に会いたくて堪らなくなっていた。
この1週間、廊下を意味もなく出歩くというのに、何故か春斗に会えない。
彼は放課後にしか存在していないのではと思うくらいに会えていなかった。
見かけたと思えば位置が遠かったり、始業の予鈴が鳴ったりとまあタイミングが悪い。

陰鬱な気持ちを抱えているとクラスメイトが移動教室の声掛けをしたため冬夜は返事し重い腰を上げた。
廊下を歩いていると前方から待ち焦がれていた春斗が歩いてくるが見えた。友人と笑顔で話をしている。
冬夜は目を見張ったが、平静を装い歩調をクラスメイトに合わせる。
2メートルほど近づくと友人と話していた春斗はふいに顔を冬夜のいる正面へと向ける。冬夜の胸はどきりと跳ねた。

「よ!」
「あ、ああ」

気づいた春斗は冬夜に笑って手を挙げ軽く挨拶し、そのまま通り過ぎた。
冬夜は挙げた手をゆっくり下ろし、拳を握りしめた。
久しぶりに会ったというのにフランクな挨拶、しかも一文字の声かけに冬夜は不満を抱いていた。
隣に春斗の友人がいたとしてももう少し何か話してもバチは当たらないのではないかと心の中でぶつくさ文句を言えばそれが漏れ出ていたのか移動教室を共にしていたクラスメイトが「大丈夫か?」と心配そうに声を掛ける。
はっとした冬夜は涼しい顔を作り「大丈夫だ」と返事した。

家に帰り自室に戻ると冬夜はヘッドへと突っ伏した。
思い出すのは廊下での春斗のやり取り。

「(……楽しそうだったな、あいつ)」

自分といる時よりも楽しそうに友人と話していた。
出会ってから2ヶ月ほどしか経っていない上に、交流は放課後だけとなれば隣りにいた友人のほうが春斗とは長い間一緒に過ごしているのだろうと理解は出来る、が。
冬夜は寝返りをうち天井を見つめる。

春斗が他の男友達と一緒にいるのが嫌だと思ってしまった。春斗の隣は僕がいい。
そんな独占欲のような感情が冬夜の中に渦巻く。
友人間の嫉妬なのだろうと思っていたが、春斗が他の男と楽しそうに話す姿を思い出せば胸が苦しくなり、間に割って入りたくなる衝動に駆られる。
その気持ちを紐解いて理解したくなかったが、冬夜は分からないことをそのままにする性格ではなかったため、気がついてしまった。
恐らくこれは恋だろうと。目を手の甲で覆う。
男を好きになってしまったことを冬夜は屈辱にも似たような悔しさが込み上がって「(くそ~っ!)」と苦悶した。

母と姉には知られないようにしなければと冬夜は思っていたが、ため息の数の多さで恋に憂いているのだろうと母と姉が察したのか、二人は顔を見合わせると優しい面持ちで冬夜に声をかけた。

「どんな女の子でも私たちは受け入れられるから気にしないで」
「そうそう。彼女、楽しみにしてるから」

いつもは彼氏彼氏言ってくるのに、何故今回に限って言わないんだと冬夜は謎の憤りを感じていた。
そんな彼の想いに気が付かない二人は慈愛の眼差しを向け続けていた。
しかし、男が好きだということをバレたくない冬夜は何も言えず誤解されたままとなった。

恋だと気づいてしまえば普段通りの生活ができなくなってしまう。
小テストもケアレスミスが多くなり、教師から心配されるし、授業中問わず上の空であった。
この気持ちに区切りをつけなければと、冬夜は決心し、下校時に春斗に気持ちを伝えることにした。

春斗の教室に向かえばちょうど出入り口で鉢合わせた。
春斗はぶつかりそうになった相手を見上げ、冬夜だと分かると首を傾げた。

「おー冬夜。どうかしたのか?」
「途中まで一緒に帰らないか?」
「いいぜ」

すんなり返事する春斗に、冬夜はホッとする一方で今から自分が打ち明けようとしている感情に不安を抱く。
帰路についてる間、春斗が今日あった出来事を話しながら歩くが冬夜は上の空で内容が入ってこなかった。
そして、気がつけば分かれ道に到着してしまった。

「じゃあ、またな」
「ま、待て」

去ろうとする春斗を冬夜は引き止める。
冬夜のいつもとは違った思い詰めた表情を春斗は不思議に思ったが、特に何も言わずに彼の言葉を待つ。
冬夜は意を決して、口を開いた。

「こ、こんなことを言ったら、春斗は困るかもしれないが……」
「え?なんだろ?」
「僕は、春斗のことが好きだ」
「ありがとな」
「ち、違う。そういう意味ではなくて……」

笑顔でお礼を言う春斗に冬夜はやっぱりかと否定する。
友達として好きと捉えられると分かっていたのでその否定は早かった。
春斗は不思議そうに首を傾げる。

「そういう意味では……なく……」

冬夜の言葉は小さくなっていき、弱気な自分が顔を覗かせた。
これから自分が言おうとしている言葉は日常を、二人の関係を変えてしまうものだ。
今なら引き返せると、冬夜は考えたが、唇を噛み、ぐっと拳を握り自身を奮い立たせる。

「僕は恋愛対象として春斗のことが好きなんだ」

顔を上げ、春斗の瞳をまっすぐ射抜く。
10センチほどの身長差があり、見上げる春斗は冬夜の瞳をじいっと見つめ返す。
言い切った、という達成感と不安感が混じり合い冬夜は我慢できずに顔を逸らしてしまった。
春斗の反応がなく沈黙が生まれる。
冬夜は沈黙が辛くなり言わなければよいのに、口を開いてしまった。

「男が好きなんて、気持ち悪いよな……」

友人だと思っていた男がまさか恋愛感情を抱いていたなんて。
知られてしまえば拒絶され避けられるだろうとは分かっている。
しかし、この感情を隠し通すのは冬夜にとって辛かった。
だからどのような結果になろうと受け止める覚悟はできていた。
しかし気づけばつい自嘲のような言葉が口から滑り出てしまっている。
これでは気を使ってくれと誘導しているようなものだ。

「なーんだ。そんなことだったのか」

あっけらかんと発せられた言葉に冬夜は顔を春斗に戻す。
春斗の表情はいつも通り飄々としている。

「冬夜、気にすることはないさ。俺は男女関係なくモテるからな。先月なんて男女含めた三人から告白されてるんだぜ。フッ」

わざとらしく髪をかけあげ、空を仰ぐ春斗。
そんな彼を冬夜はぽかーんと見つめる。

「それにしても冬夜が俺を、ね。ふーん……じゃあ、付き合うか」
「は?」

さらりと、コンビニでもいく?みたいな気軽さで春斗は言ってのけた。
怒涛の展開に冬夜はついていけていない。
確かに今までの関係が変わるような出来事ではあるが、こんな形で変わるとは予想もしていない。
そんな冬夜に歩調を合わせることなく、春斗はマイペースに先に進む。

「冬夜優しいし。案外、俺たち相性いいかもな」

頭の後ろで手を組み、春斗は屈託のない笑顔を冬夜に向ける。
冬夜はまだ状況を飲み込めずにいた。

「そんじゃ、また明日な」
「あ、ああ」

そして春斗は帰っていった。
冬夜も帰路につき、気がつけば自室の机に向き合って宿題に取り掛かっていた。
夕食を食べ、風呂に入り、再び机に向かって予習を行い気がつけば時計の針は23時を指していた。

「(え?僕は春斗と付き合い始めたのか?)」

ようやく、疑問を抱くことができた。
スマホで確認のため連絡しようと思ったが、時間も遅いし、あまりしつこく聞くのも鬱陶しいかもしれないとあれこれ考えていれば時計は0時を指していた。
悶々とした思いを抱えながら寝床に入ればいつの間にやら日が昇っていた。
学校で春斗に会ったらどういう顔をすればいいのかと心配していたが、放課後になるまで彼と接触することはなかった。
ホームルームが終わり、クラスメイトがそこそこ減ったところで彼は現れた。

「おーい!冬夜、一緒に帰ろうぜ」

呑気な顔でひらひらと出入り口で手を振っている春斗が目に入り、冬夜は慌てて机の中の物を鞄にしまい春斗に駆け寄った。
小声で、冬夜は彼がここに来た意味を問うた。

「ど、どうして一緒に帰るんだ!?」
「え?付き合ってるなら一緒に下校くらいするだろ?」

しれっとした表情で春斗は応えた。
欲しかった言葉に冬夜はぐっと喉を鳴らす。
黙ったままの冬夜を春斗は見守っていたが、このままでは埒が明かないだろうと思い口を開いた。

「それとも帰らない?」
「……帰る」
「じゃあ帰ろうぜ」

笑顔を向けて、踵を返す春斗の後ろに冬夜は黙ってついていく。
会話がなく歩いていると、学校から離れたところで冬夜はポツリと呟いた。

「付き合っているって実感が湧かないんだ」

春斗はその言葉で振り返り冬夜を見る。
彼は俯いており、頼り気ない様子だ。春斗は深く考えてるんだな、と頬をポリポリ掻いた。

「なら手でも繋ぐか?」

なんともないように手を差し出され、冬夜はカッと顔を赤くした。

「つ、付き合って間もないのに手なんて繋げるわけないだろう!?」
「ふーん。そういうもんか」

手を引っ込められ、冬夜は少し後悔するも自分を律するため心の中で喝を入れた。
春斗は頭の後ろで手を組み合わせると空を見上げてうーんと唸った。

「俺も誰かと付き合うなんて初めてだし、まあ、初心者同士模索しながら俺たちにあった付き合い方をしていこうぜ」

屈託のない笑顔を向けられ、冬夜の強張った緊張がとれた。
どうなるか先が見えないが、今は全ての不安が払拭され前向きな気持ちになれている。

「改めてよろしくな、恋人様」
「なんだその恋人様ってのは?」

顔をしかめた冬夜の問いかけに答えることなく春斗はにししと笑った。