その日私は中々寝付けなかった。神本くんが言っていた人生詰んでる系中年男性の話はジワジワと私の精神を削っていった。私も将来的には引きこもり無職おばさんになりかねない。嫌だ。このまま中学校もまともに行かないまま卒業して、焦るまま時間だけを無駄に過ごし人生を終えることになるんだろうか。怖い、怖い、怖い……! そうして未来への不安にうなされていた私はいつの間にか眠っていたらしい。
まどろみの中、吹き付ける冷たい風を顔面に感じる。ほとんど眠っている私の頭は本能的にその原因を求めていた。そうだ、神本くんだ。大方あの人が朝早くから窓を開けて入ってきたせいで、部屋の中に風が吹き込んでいるに違いない。
「ちょっと神本くん!」
目を開けた私の前に飛び込んできたのは嘘みたいに澄み切った空だった。視界のすぐ先を小鳥が飛び交い、赤い薄雲の漂う上空には線を引きながら飛行機が飛んでいく。え? ガチの外? 私は反射的に起き上がって辺りを見渡した。私の前には朝日がまぶしく輝いている以外は何も見えない。目線を下に下げると森が連なっていて、ずっと下っていくとオレンジ色にきらめく街と海が見えた。あたかも自分が神様にでもなって、上空からその荘厳な景色を見晴らしているかのような気分になった。
「起きたか」
後ろからの声に振り替えればそこにはいつもの忍者野郎がいた。
「ちょっとここどこなの!?」
「山の上だぞ」
「分かってるわよ!」
「正確に言うと大楠山の山頂にある展望台の上だ」
確かに自分の足元は土ではなく鉄の床だ。というか大楠山って私の家から3㎞くらい離れた場所にある山なんだけど。えっと待って。脳みそがついて行ってないけど私寝てたんだよね? まさか元気に3㎞歩いた後山頂まで登るなんて活力あふれる夢遊病みたいなことしてないよね?
「俺が運んだ」
神本くんはふんす、と鼻から息を漏らした。
「ごめん、もっと分からない。私を担いでここまで来たっていうこと?」
「そうだ」
「3㎞も歩いて……?」
「問題ない」
「山頂まで!?」
「お前は軽かったからな」
「……神本くん、馬鹿なんじゃないの?」
「山頂までぐっすり眠って一切起きなかったお前もどうかと思うが」
くっ。
私はここで初めて自分が肩からつま先まで寝袋に包まれ、マフラーをグルグル巻きにされ、なおかつニット帽もかぶせられていることに気付く。
「……もしかして私が寝ている間にお着換えさせられたの……?」
「お前の着ている物は脱がせていない。上から被せただけだ」
「それでも問題でしょ! あんたセクハラで訴えるわよ!」
「好きにしろ」
腹は立った。もっと汚い言葉で罵倒してやろうかとも思った。だけどそんな事より気になったのは神本くんの動機だ。私を外に出すだけなら近所でも良かっただろう。
「どうして、こんな所まで……」
神本くんは筋肉質だし私を担ぎ上げるなんて大して難しくないのかもしれない。それでも人ひとりを担いで3㎞歩き通した後、この決して低く見えない山を登り切るのは相当骨の折れる仕事だったはずだ。
「どうしてこんな所まで私を運んできたの?」
「だってほら、奇麗だろう。茜にも知って欲しかった」
神本くんは燃えるような光に包まれた街を指さして言った。それはあまりにも単純だけれど十分な説得力を持つ美しい光景だった。
「これでお前はもう引きこもりではない。残念だったな」
私の横で胡坐をかいた神本くんが朝日に向かって呟くように言うのだった。
まどろみの中、吹き付ける冷たい風を顔面に感じる。ほとんど眠っている私の頭は本能的にその原因を求めていた。そうだ、神本くんだ。大方あの人が朝早くから窓を開けて入ってきたせいで、部屋の中に風が吹き込んでいるに違いない。
「ちょっと神本くん!」
目を開けた私の前に飛び込んできたのは嘘みたいに澄み切った空だった。視界のすぐ先を小鳥が飛び交い、赤い薄雲の漂う上空には線を引きながら飛行機が飛んでいく。え? ガチの外? 私は反射的に起き上がって辺りを見渡した。私の前には朝日がまぶしく輝いている以外は何も見えない。目線を下に下げると森が連なっていて、ずっと下っていくとオレンジ色にきらめく街と海が見えた。あたかも自分が神様にでもなって、上空からその荘厳な景色を見晴らしているかのような気分になった。
「起きたか」
後ろからの声に振り替えればそこにはいつもの忍者野郎がいた。
「ちょっとここどこなの!?」
「山の上だぞ」
「分かってるわよ!」
「正確に言うと大楠山の山頂にある展望台の上だ」
確かに自分の足元は土ではなく鉄の床だ。というか大楠山って私の家から3㎞くらい離れた場所にある山なんだけど。えっと待って。脳みそがついて行ってないけど私寝てたんだよね? まさか元気に3㎞歩いた後山頂まで登るなんて活力あふれる夢遊病みたいなことしてないよね?
「俺が運んだ」
神本くんはふんす、と鼻から息を漏らした。
「ごめん、もっと分からない。私を担いでここまで来たっていうこと?」
「そうだ」
「3㎞も歩いて……?」
「問題ない」
「山頂まで!?」
「お前は軽かったからな」
「……神本くん、馬鹿なんじゃないの?」
「山頂までぐっすり眠って一切起きなかったお前もどうかと思うが」
くっ。
私はここで初めて自分が肩からつま先まで寝袋に包まれ、マフラーをグルグル巻きにされ、なおかつニット帽もかぶせられていることに気付く。
「……もしかして私が寝ている間にお着換えさせられたの……?」
「お前の着ている物は脱がせていない。上から被せただけだ」
「それでも問題でしょ! あんたセクハラで訴えるわよ!」
「好きにしろ」
腹は立った。もっと汚い言葉で罵倒してやろうかとも思った。だけどそんな事より気になったのは神本くんの動機だ。私を外に出すだけなら近所でも良かっただろう。
「どうして、こんな所まで……」
神本くんは筋肉質だし私を担ぎ上げるなんて大して難しくないのかもしれない。それでも人ひとりを担いで3㎞歩き通した後、この決して低く見えない山を登り切るのは相当骨の折れる仕事だったはずだ。
「どうしてこんな所まで私を運んできたの?」
「だってほら、奇麗だろう。茜にも知って欲しかった」
神本くんは燃えるような光に包まれた街を指さして言った。それはあまりにも単純だけれど十分な説得力を持つ美しい光景だった。
「これでお前はもう引きこもりではない。残念だったな」
私の横で胡坐をかいた神本くんが朝日に向かって呟くように言うのだった。