私は片手を神本くんの腰に回し、もう一方の手でスマホを確認した。確かに差出人が『幸枝』になっている。あの女は一体何を血迷ってこんな事をしたんだろう。私はひどく憤慨しつつ幸枝からのメッセージを読んでいくことにした。
『親愛なる清花お嬢様へ』
「幸枝、どうしてこんな事を……」
『パラオでの新生活には慣れましたか?』
「どのお嬢様と間違えているのかしら」
『先立つ不孝をお許しください』
「いやさっきパンケーキ頬張ってたでしょうが」
『私がこのメッセージを送っているということは、私がこのメッセージを送っているということだと思います』
「エンジン掛かってきたわね」
『鉄ちゃんにパーティー会場を教えたのも、お嬢様を連れ出してくれるように頼んだのも私です。その理由をお話しします』
「やっぱり貴女だったのね」
『動機は清花お嬢様の悲しそうな顔をこれ以上見ていられなくなったからです。この二週間、貴女の辛そうな顔を見ていて、ほとんど何も考えられませんでした』
「えっ、そんなに私の事を心配してくれていたの……?」
『ハネムーンでトルコに6泊7日で行って、奇岩を見たりカッパドキアに行ったりマルマラ海をクルーズしたりすることしか考えられませんでした』
「頭フル回転してんじゃないの」
『お嬢様が辛そうで悲しそうなのは、貴女の元を離れてしまう私のせい。全部自分のせいだと思いました』
「ううん、違うわ。貴女のせいじゃないの」
『正確には、優しくて誠実な社長息子と幸せなのびのびスローライフを送る予定の私のせいだと思いました』
「ぶち殺されてえのか」
『久保家に嫁ぐことになればお嬢様の人生は安泰なのかもしれません。けれど、このままだとお嬢様の意志は尊重されないものになってしまいます』
「それは、分かっているけれど……」
『そんなのプリンの容器に入った豆腐のようなものです』
「ちょっと例えがよく分からないわ」
『つまり、それは偽りの幸せ』
「どの辺がつまりだったの?」
『このまま自分の心を隠して生きていくつもりか?』
「何で急にタメ語になるのよ!」
『自分の心を隠して生きるなんて、そんなの「お尻隠して尻隠さず」です』
「それ全身お尻じゃない」
『そしてこのまま抑圧され続けるといつかお嬢様の心は壊れてしまう』
「この女は一行ごとに正気に戻るのかしら」
『そんな事はお嬢様専用モビル〇ーツの私としては耐えられなかったのです』
「そして一行ごとに正気を失うのね」
『だから当主様に、最初で最後の反抗をしようと決意しました』
『パーティーで婚約を台無しにして、一条家と久保家のメンツをつぶそうと思いました』
「随分思い切ったことを思いついたわね」
『そうすれば婚約の話は確定ではなくなります。もちろん当主様はもう一度婚約をしようとすることでしょう。ですがゼロになった状態ならば、もう一度清花お嬢様が自分の意志でもう一度縁談を続けるのか、辞めるのかを選ぶ機会が生まれます。私は何としてでもその機会を作り出したかったのです』
「幸枝……、そこまでして私を思っていてくれていたなんて……」
『でも私一人の力ではどうすることも出来ませんでした。そこで思い出します』
『彼なら出来るのでは? そう、鉄ちゃんならね』
「何でちょっとiPhoneみたいに言ったのよ」
『頭のネジがぶっ飛んでいる彼なら派手にやらかしてくれると思いました』
「貴女も人の事言えないわよ」
『私は鉄ちゃんを呼び出し、莫大な契約金を払ってパーティーを台無しにしてくれるよう頼みました』
「そうよね。だって神本くんも一条家を敵に回して命がけなんだもの」
『その契約金額、なんと大盛りラーメンセット3人前』
「やっす」
『何度も言いますが私はお嬢様のカリスマ性を信じています。貴女のお肌は弱酸性ではなくカリスマ性なのだと信じています』
「ちょっと言っている意味がよく分からないわ」
『こんな強引な形になってしまって申し訳ありません』
「いいの。貴女の気持ちは十分に伝わったわ」
『あとは貴様次第というわけだ』
「だから何で急に上から来るのよ!」
『パンケーキを食べながら健闘を祈っております』
「のどに詰まらせてしまえ」
***
ツッコミどころ満載のメールだったけれど、それを読み終えた私の心は何だかとても暖かいものに包まれているようだった。こんなにも私の事を思ってくれている人がいる。その人がこの世界に一人でもいるという事実が私の心を優しく満たしてくれる。そしてその存在のおかげで私は前に進むことが出来る。ありがとう、幸枝、神本くん。二人のおかげで今までと違う選択が出来る気がしてきた。不意に視界が明るくなってきた気がして空を見上げる。さっきまで雨が降りそうなほど重く立ち込めていた雲間から太陽が覗いている。その空は青い。どこまでも高く、青く見えた。
「自由だ」
その言葉が不意に私の口をついて出た。神本くんと一緒に夜景を見に行った日の事を思い出した。あの時気付いたんだ。私が本当に欲しい物。今まで抑圧していた事。叫びたい言葉。それが今、再び意識の中によみがえって来た。私は神本くんの腰を両手でぎゅっと抱きしめた。
「神本くん、私をさらってくれてありがとう」
バイクは飛ぶように道路を走り抜けていく。
『親愛なる清花お嬢様へ』
「幸枝、どうしてこんな事を……」
『パラオでの新生活には慣れましたか?』
「どのお嬢様と間違えているのかしら」
『先立つ不孝をお許しください』
「いやさっきパンケーキ頬張ってたでしょうが」
『私がこのメッセージを送っているということは、私がこのメッセージを送っているということだと思います』
「エンジン掛かってきたわね」
『鉄ちゃんにパーティー会場を教えたのも、お嬢様を連れ出してくれるように頼んだのも私です。その理由をお話しします』
「やっぱり貴女だったのね」
『動機は清花お嬢様の悲しそうな顔をこれ以上見ていられなくなったからです。この二週間、貴女の辛そうな顔を見ていて、ほとんど何も考えられませんでした』
「えっ、そんなに私の事を心配してくれていたの……?」
『ハネムーンでトルコに6泊7日で行って、奇岩を見たりカッパドキアに行ったりマルマラ海をクルーズしたりすることしか考えられませんでした』
「頭フル回転してんじゃないの」
『お嬢様が辛そうで悲しそうなのは、貴女の元を離れてしまう私のせい。全部自分のせいだと思いました』
「ううん、違うわ。貴女のせいじゃないの」
『正確には、優しくて誠実な社長息子と幸せなのびのびスローライフを送る予定の私のせいだと思いました』
「ぶち殺されてえのか」
『久保家に嫁ぐことになればお嬢様の人生は安泰なのかもしれません。けれど、このままだとお嬢様の意志は尊重されないものになってしまいます』
「それは、分かっているけれど……」
『そんなのプリンの容器に入った豆腐のようなものです』
「ちょっと例えがよく分からないわ」
『つまり、それは偽りの幸せ』
「どの辺がつまりだったの?」
『このまま自分の心を隠して生きていくつもりか?』
「何で急にタメ語になるのよ!」
『自分の心を隠して生きるなんて、そんなの「お尻隠して尻隠さず」です』
「それ全身お尻じゃない」
『そしてこのまま抑圧され続けるといつかお嬢様の心は壊れてしまう』
「この女は一行ごとに正気に戻るのかしら」
『そんな事はお嬢様専用モビル〇ーツの私としては耐えられなかったのです』
「そして一行ごとに正気を失うのね」
『だから当主様に、最初で最後の反抗をしようと決意しました』
『パーティーで婚約を台無しにして、一条家と久保家のメンツをつぶそうと思いました』
「随分思い切ったことを思いついたわね」
『そうすれば婚約の話は確定ではなくなります。もちろん当主様はもう一度婚約をしようとすることでしょう。ですがゼロになった状態ならば、もう一度清花お嬢様が自分の意志でもう一度縁談を続けるのか、辞めるのかを選ぶ機会が生まれます。私は何としてでもその機会を作り出したかったのです』
「幸枝……、そこまでして私を思っていてくれていたなんて……」
『でも私一人の力ではどうすることも出来ませんでした。そこで思い出します』
『彼なら出来るのでは? そう、鉄ちゃんならね』
「何でちょっとiPhoneみたいに言ったのよ」
『頭のネジがぶっ飛んでいる彼なら派手にやらかしてくれると思いました』
「貴女も人の事言えないわよ」
『私は鉄ちゃんを呼び出し、莫大な契約金を払ってパーティーを台無しにしてくれるよう頼みました』
「そうよね。だって神本くんも一条家を敵に回して命がけなんだもの」
『その契約金額、なんと大盛りラーメンセット3人前』
「やっす」
『何度も言いますが私はお嬢様のカリスマ性を信じています。貴女のお肌は弱酸性ではなくカリスマ性なのだと信じています』
「ちょっと言っている意味がよく分からないわ」
『こんな強引な形になってしまって申し訳ありません』
「いいの。貴女の気持ちは十分に伝わったわ」
『あとは貴様次第というわけだ』
「だから何で急に上から来るのよ!」
『パンケーキを食べながら健闘を祈っております』
「のどに詰まらせてしまえ」
***
ツッコミどころ満載のメールだったけれど、それを読み終えた私の心は何だかとても暖かいものに包まれているようだった。こんなにも私の事を思ってくれている人がいる。その人がこの世界に一人でもいるという事実が私の心を優しく満たしてくれる。そしてその存在のおかげで私は前に進むことが出来る。ありがとう、幸枝、神本くん。二人のおかげで今までと違う選択が出来る気がしてきた。不意に視界が明るくなってきた気がして空を見上げる。さっきまで雨が降りそうなほど重く立ち込めていた雲間から太陽が覗いている。その空は青い。どこまでも高く、青く見えた。
「自由だ」
その言葉が不意に私の口をついて出た。神本くんと一緒に夜景を見に行った日の事を思い出した。あの時気付いたんだ。私が本当に欲しい物。今まで抑圧していた事。叫びたい言葉。それが今、再び意識の中によみがえって来た。私は神本くんの腰を両手でぎゅっと抱きしめた。
「神本くん、私をさらってくれてありがとう」
バイクは飛ぶように道路を走り抜けていく。