パーティーの日はあっという間にやって来た。その日の空はどんよりとした雲に覆われていて、私の心とこれからの未来を暗示しているかのようだ。



 16時からの会を目前に、私は控室の鏡面台前に座っていた。鏡に映っているのは純白のドレスに身を包んだ自分の姿だ。ドレスは華やかで、一流のメイクアップアーティストにより丁寧なメイクが施されている。だけど私はそんな自分の顔を見ても嬉しさや高揚感のようなものは一切感じなかった。代わりにこみ上げてくるのは、「これで私の人生が終わる」という絶望感だけ。涙も出そうになる。しかも会場は披露宴にも使われる場所だ。完全に狙っているとしか思えない。



 何度も何度もこの婚約は仕方のない事なのだと諦めようと思ったけれど、いざ現実に迫られると感情は言う事を聞いてくれない。

「これを着てみんなの前に出ないといけないなんて、何かの罰ゲームじゃないかしら」

 私は後ろに立っていた幸枝に向かって言った。

「ですがお嬢様、ブロイラーみたいに白くて綺麗ですよ」

「最低ね! 最低の例えで褒めてくれたわね! まるで私がこれから出荷されるみたいじゃない!」

 まあ出荷されるようなものだけれど。突然控室の扉が開かれた。入って来たのは婚約者の久保さんだ。

「ご機嫌よう、麗しの花嫁」

 彼も純白のスーツに身を包んでいる。がぜん結婚式感が増してきた。

「お嬢様は今お化粧中です。後にしてください」

 幸枝は強い口調で言った。

「ああ、気分を悪くさせたならすまない」

 そう言いながらも久保さんは部屋を出ていく気配が無い。それどころかすぐ後ろまで来て、私が座っている椅子の背もたれを掴んだ。

「ちょっと」

 という幸枝のことなど意に介してさえいない。使用人なんてムシケラみたいなものだと思っているんだろう

「やあ綺麗じゃないか」

 笑わなければ、と必死に頬を釣り上げようと試みたが、今の私に愛想笑いする余裕は無かった。

「ありがとうございます」

 代わりに機械的な返事を返してしまった。

「おやおや、どうしたんだい。そんな悲しそうな顔をして。そんな表情は君に似合わないよ。笑って笑って」

「ええ、はい」

 それでも笑えない。私が生返事ばかりして頑なに笑わない事が面白くないのか、久保さんは息を付いた。



「そうそう清花ちゃん。君、他の男と一緒に居たそうじゃないか」

 ハッとして顔を上げる。鏡に映る久保さんは笑っているようだったけれど、目の奥が笑っていない。何か冷酷なたくらみをしているようにも感じる。彼は私にぐっと顔を近づけてきた。

「僕を差し置いてとても楽しそうにしていたと聞いたよ?」

 その笑顔と言いぐさは威圧的だ。久保さんが怒りを抱えているのは明らかだった。

「それは……」

 だって貴方といるより100倍楽しいもの。なんて死んでも言えない。でも言ったら婚約を破棄してもらえるのかしら。

「まあいい。次にその男が清花ちゃんに近づいたときは久保家の力を使って全力で潰すだけだからね。僕をこけにしたらただじゃすまないということを分からせてやらなきゃ」

 神本くんを潰すと言いながら私にもくぎを刺すような言い方だ。お父さんだけでなく久保家にも潰す宣言された私には、本当にどこにも逃げ場がない感じがした。嫌だ、苦しい。でも諦めるしか……。私は自分の中に渦巻く相反する感情をどうしたら良いか分からず、余計に混乱していった。そして私の感情とは無関係に程なくしてパーティーが始まった。