去年中学生になった私にはろくに友達が出来なかった。元々引っ込み思案だったというのに、中学受験で地元の友達が一人もいない女子校に来てしまったためだ。だけど挨拶をするくらいの知り合いはいたんだ。まあ私は登下校を誰かと一緒にしたことは無いし、休み時間はいつも寝たふりをしていたし、お昼ご飯だっていつも一人で食べていたし、うん、やっぱ友達いねーわ私。

 少し突っつかれると引っ込んでしまうイソギンチャクみたいな性格も災いしていた。多分裏ではイソギンチャク女とか呼ばれてたのかもしれない。そのまま夏休みになって、ストレスから解放された私が死ぬほど没頭したものがある。そう、ゲームだ。ゲームをしていれば日頃の不安や孤独を全て忘れることが出来た。ちょうどその頃面白いスマホゲームがサービス開始したのも重なって、起きている時はほとんどゲーム三昧で過ごしていた。
 もちろん、そんな「体はゲームで出来ている」状態で宿題なんかやっているわけもない。どうしようかと焦った私は、落ち着いて始業式の日を過ぎても夏休みを続行することにしたのだった。

 嫌なことを一切せず好きなゲームだけをやって過ごす生活というのは最初は楽しかった。しかし、ずっとスマホ画面やPC画面と睨めっこしていることによって視力は著しく下がり、全く運動をしないことによって体力は老人並みに成り果てた。他にも肌は西部劇に出てくる荒野のように荒れ、目つきは余命3日の病人みたいになっていた。

 何より辛かったのは嫌なことを忘れるためにやっていたはずのゲームをやっても、嫌なことが忘れられなくなったことだ。常に将来の不安や絶望感が心に重くのしかかって来て、寝付くまでは怖くて怖くてずっと涙が止まらないような有様だった。この状態を脱出する方法はシンプルで一つしかない。そう、外に出ることだ。まあそれが出来たらとっくに窓からぴょんぴょん飛び降りてるんだけどね。



「なるほど、事情は分かった」
 腕組みも身じろぎもせず私の話を聞いていた神本くんは最後に大きく頷いた。
「しかし外に出なくても平気になるほどゲームは楽しいものか? 俺もゲームはするが一日でも外に出ない日があると気が狂いそうになるぞ」
「世の中には一日外に出なくても平気な人なんて、ごまんと居るよ」
「俺にはよく分からない」
 神本くんは納得行かないのか首を傾げている。
「やってみれば分かるよ」
 私は神本くんを椅子に座らせ、PC画面にFPSゲームを起動した。複数のプレイヤーが武装したキャラクターを操作し、互いに撃ち合い、陣地を取り合う内容である。
「何だこれは。シューティングゲームみたいなものか」
「まあシューティングゲームの一種ではあるね」
 と私が神本くんに操作説明している途中で他のプレイヤーからヘッドショットを食らった。画面に「Game Over」の赤い文字が表示される。
「銃を使うなんて卑怯な奴だ」
「いやそういうゲームだから」
 神本くんの表情は相変わらず無表情のままだが、いきなり撃たれたことに憤慨したのか鼻息が荒くなっている。彼はすぐにコンティニューボタンを押す。

 それから1時間が経った。神本くんのマウス捌きは機敏になり、彼の二つの目は獲物を探してグリグリ動いている。私が持っているキルレートもほとんど塗り替えられてしまった。これはまずい。私の言う「まずい」とは、このままでは私の自己最高記録が塗り替えられてしまうとか、他のプレイヤーから替え玉を疑われるとかいうことではない。「神本くんがゲームを止める気配を一切見せない」ということだ。
「ねえ、ちょっと神本くん」
 私は神本くんの肩を揺すってみたが、彼は微動だにせず画面との睨めっこを続けている。ダメだ。完全にハマりあげている。半年前の私と同じ状態だ。
「おーい! そろそろいいでしょ。帰りなさいよ」
「あと6時間だけ」
「日付が変わっちゃうわよ! 神本くんが引きこもってどうすんの!」
「仲間たちが俺の帰還を待っているんだ」
 伝説の傭兵みたいなこと言い始めよった。
「約束が違うじゃん! 私が引きこもってる理由を聞いたらすぐ帰るって言ったでしょ!」
 この言葉が効いたのか神本くんはマウスを離し、渋々立ち上がった。チャンスだ。
「は、や、く、出、て、行、っ、て!」

 私は力の限り神本くんの背中を押し、どうにか部屋から追い出すことに成功した。久しぶりに力一杯動いたせいか身体中が痛い。私はその場にへたり込んで今日あったことを思い返していた。自称忍者が訪ねてきたと思ったらトイレで待ち伏せされて。私を外に出すために雇われたというからどんなことをするのかと思ったら、ゲームにハマって自ら引きこもりかけて。最後は引きこもりの私に部屋から追い出されるっていう本末転倒な展開になっていた。……彼は本当に変な人だったなあ。まあ、明日はしっかり対策をして部屋に入られないようにしよう。しかし私の認識は甘かった。次の日から私は彼の異常さと奇天烈さの本領を、この身を以て思い知ることになるのだった。