夜、電気を消してからも私はずっと泣いていた。普段ならとっくに眠っている時間なのに私の目は冴えていた。幸枝があと二か月ほどでいなくなってしまうんだと考えたら悲しくて涙が止まらなかったのだ。あのメイドはちょっと変な所があるというか、癖の強い女だったけれど、私の唯一の理解者であったことに変わりはない。彼女が愚痴を聞いてくれたり、励ましてくれたおかげで私はどれだけ助けられたことだろう。居なくなることが分かって初めて私は彼女の大切さが分かった。そう、幸枝は私にとって本当に大切な人だったのだ。私にとって他に本当に大切なもの、私が本当に欲しいと思っているものはあるんだろうか? もしかして私はそれを持たないまま、もしくは分からないままこれからの人生を送っていかなければならないのだろうか。

 本当に欲しい物の代わりにあるのは好きでもない相手との結婚だけ。そんな将来の事を考えるとうすら寒い気持ちにもなってしまう。

 私はぎゅっとシーツを掴んだ。嫌だ。怖い。そんな感情は私のわがままだというのは分かっているけれど、それでも今は幸枝のことで一杯一杯で、自分の気持ちに嘘を付けなくなっていた。

「オ客サン! オ客サン!」

 ハクのけたたましい鳴き声に驚いてドアの方を見た。というのはこのヨウムが「お客さん」と鳴く時は本当に家族とメイド以外が部屋に入って来る時だけだからだ。

「誰かいるのですか?」

 私は恐る恐る尋ねてみた。しかし返答はない。人の気配もしない。

「そっちじゃないぞ」

 不意に出窓がガタンという音を立てて開いた。私は恐怖と驚きでそちらを振り返った。全身を布で包んだ男。それは月の青白い光を背に受け、あたかも鳥が止まり木に止まっているかのように出窓にかがんで座っていた。

「神本くん!?」

 私は驚きのあまり大声で叫んでしまった。何だろう。悔しいけど、まるで彼が本物の忍者に見える。 

「静かにしろ。今気づかれたら元も子もない」

 部屋に入って来た神本くんは人差し指を唇に当てて言った。私は慌てて両手で口を覆う。

「どうして来たの? 何のために?」

 先ほどよりも随分小声で尋ねてみた。他にも尋ねたい事は山ほどあるけれど。神本くんはじっと私の目を見つめ、言った。

「お前を誘拐しに来た」