「お前、どこに行っていたんだ」

 お父さんは私が部屋に入るなりぶしつけに言った。答えづらい質問だ。

「どこに、と申しますと?」

「とぼけるな。お前、健斗くんとの茶会を途中ですっぽかしたそうじゃないか。その時どこに行ったのかと聞いているんだ」

 お父さんの声はどんどん怒気を帯びてきていている。こうなると謝っても無駄だけれど、謝らなければもっと酷いことになる。でも流石に忍者を探しに行っていたなんて言えない。

「申し訳ありませんでした。少しお腹が痛くて、ちょっとトイレに籠っていたのです」

「嘘をつくな」

 お父さんは手のひらで思いきり机を叩いた。弾けるような大きな音が響く。

「全く、お前はどうしてそう身勝手なんだ。分かっているのか? お前のための縁談なんだぞ。久保家は家柄も良い。嫁げばお前の人生は一生安泰。働かなくていい。金の苦労もしなくていい。好きな物も買える。何が不満なんだ」

 違うの、お父さん。その結婚相手そのものが嫌なの。せめて十代の間は独身でいたいの。

「いいえ、何の不満もありません。ただ、その、怖い方々が乱入してきたことで少し取り乱してしまって……」

「縁談の相手を放っぽり出して自分だけ逃げようとしたのか?」

「い、いえ。そういうつもりでは」

 何でそんなキツイ言い方をするの、お父さん。止めてよ。

「ふざけるなよ。いいか、お前が失礼な態度を取れば全部父さんが久保さんのところに頭を下げないといけないんだぞ。今までどれだけ父さんに恥をかかせたと思っている? まだ恥をかかせる気か?」

 私そんなに悪い事した? ただちょっと庭に出ただけなのに。

「ごめんなさい」

「どうもお前は人格的にも問題があるようだな。醜い女だよお前は。いっそ山奥に捨ててきた方が良かったか?」

 私はぎゅっと唇をかんだ。説教をされることは多いけれど、人格を否定されるようなことを言われるのは慣れない。

「どうしてそんな歪んだ人間に育った? 言ってみろ!」

 どうしてそこまで言われないといけないんだろう。辛い。痛い。悲しい。しかしそういったネガティブな感情とは全く別の決心が、この時私の心でなされていた。決めた。あの忍者を雇おう。面白いパフォーマンスでもやってもらって、この鬱屈とした日常の憂さ晴らしをしよう。それはお父さんへのささやかな抵抗にするつもりだった。この時は。