私は倉庫の窓から顔を出して辺りを伺った。近くにヤクザの姿はない。恐らく、既に忍者は旅館の外に逃亡したものと思い、出て行ったのだろう。

「近くにヤクザはいません。安心なさって」

 振り返った私の視界に映ったのは、上半身裸の忍者さんだった。薄暗い中というのもあって少しドキッとしてしまう。池の中で見た時も思ったけれど、やはり彼は非常に筋肉質で男性的な体つきをしている。

「しかしお前、よくこんな隠れ場所を知っているな」

「この旅館は小さいころから茶道のお稽古のために来ていましたので。その時に遊び場所として使っていたのです」

 ここに忍者を連れてきたのは何かの考えがあっての事ではなかった。ただせっかく会えた忍者とあのまま別れてしまいたくなくて、咄嗟に「安全な場所がある」と紹介したのだった。

「ところで貴方はどうして忍者の恰好なんかしていらっしゃるの?」

 他にも聞きたいことは山ほどあるけれど、目下一番気になっていることを聞いてみた。

「俺が忍者だからだ」

 それは予想外に直球な答えだった。私はどうして忍者のコスプレをしているのかを尋ねたつもりだったのだけれど、彼は身も心もどうやら忍者そのものらしい。やっぱりちょっと頭のおかしい人なのかしら。

「ええっと、それから貴方はどうしてヤクザに追われていたんですか?」

「仕事でしくじったんだ」

 忍者は倉庫内の椅子に腰を掛けると神妙な面持ちで言った。そのただならぬ様子に私は少し緊張する。ヤクザ相手の仕事、ということは物騒な事であるのは間違いない。密輸? それとも暗殺?

「……何の、お仕事だったの?」

 一拍置いて忍者は言った。

「サプライズパーティーだ」

「…………?」

「サプライズパーティーだ」

「聞こえていますわ」

 意味が分からない。何故忍者がサプライズパーティーの任務をこなしていたのか。そしてサプライズパーティーからどうやってヤクザに追われることになったのか。ピタゴ〇スイッチかな?

「そ、そうだ。サプライズパーティーという名の暗殺任務とか、だったのかしら?」

 パーティーなどという牧歌的な単語はあの殺伐とした状況から想像できるものではなかった。だから「パーティー」というのは何かの隠語的なものなのかと思ったのだ。

「いや文字通りのお誕生日サプライズパーティーだ」

 どんどんヤクザイベントの発生タイミングが分からなくなっていく。

「俺はとある女から依頼を受けた。『友人の誕生日にドッキリを仕掛けようと思う』と」

「そのドッキリというのは?」

「友人の頭にパンツを被せてくれと頼まれた」

「お下品ですわね」

「俺は予定通り宴会場の前で待機していた。その友人ことスーちゃんが来るのを今か今かと待っていた」

「スーちゃん」

「その時、扉が開いて人が出てきた。俺は勢いよくパンツを被せた」

「あ、オチが見えましたよ」

「しかしよく見たらそれはスーちゃんではなく、熟年期のオヤジだったんだ。俺は部屋を間違えていた」

「……ちなみにスーちゃんはどんな見た目の方だったのですか?」

「20代前半の女だ」

「どうして間違えたの!?」

「人は見かけによらんものだからな」

「いや、おじ様の見た目の20代女性って何ですの!?」

「話を戻すとだな。流石にこれはスーちゃんじゃないと思った俺は慌ててパンツを取ったわけだ」

「はい」

「そうしたらオヤジの被っていたカツラも一緒に取れてしまった」

「底引き網かしら」

「さらに悪くなる状況を挽回するために」

「もう手遅れでしょう」

「俺は素早くカツラを元に戻した。と思ったんだが、俺がオヤジの頭に被せたのはパンツの方だったんだ」

「わあ、的確に思いつく限り全ての間違いを犯していますね」

「完全無欠の変質者が俺の前に現れた」

「作り上げたのは貴方ですよ」

「結果的に言えば、それがヤクザの組長だったから俺は追われることになったということだ。一応は謝ったんだが許してくれなかった」

 それは許す方がおかしい。だってヤクザの一番偉い人に恥をかかせた後に恥で塗りつぶすような真似をしたのだから。どうやら格好だけではなく頭の方も何本かネジの外れていらっしゃる方のようだわ。その時忍者のお腹がグゥと大きな音を立てた。間抜けな話を聞いた後だというのもあって、思わず私は噴き出してしまった。

「ふふっ、お腹が減ってらっしゃるのね」

「ああ。本当はスーちゃんのサプライズパーティーで一緒に食わしてもらう予定だったんだが」

「待っていて。私がお茶とお菓子を持ってきますから」