ぶくぶくとお湯が沸騰する。その中に蕎麦を入れて茹でながら、マリ子は言った。
「お蕎麦って他の麺より切れやすいのよ。今年の悪かったことから縁が切れて、来年はいい年になりますようにっていう願いがこもっているの」
「悪かったことから縁が切れる」
「そう。私も悪縁が切れたから、遠藤さんもきっと切れるわ。来年は楽しくなるわよ、きっと」
「そうですね」
 
 茹でた蕎麦に天ぷらをトッピングして、マリ子と遠藤は紅白歌合戦の後半を見ながら食べることにした。
「アムロちゃんとか、見たいでしょ遠藤さん」
「アムロはもう引退してますけど、久しぶりのテレビなんで楽しみです」
 テレビをつけてみると、画面に出てきたのは派手な衣装のK-POPアイドルグループだった。いきなりの激しいダンスとメンズメイクにマリ子がびっくりして、遠藤があれこれと解説する。
 ふたりで過ごす大晦日は楽しくて、思いのほか速いスピードで年は変わっていった。

「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「さっそくだけど、今日はお雑煮を作ろうかしら。遠藤さん、手伝ってくれる?」
「……お雑煮っておばあちゃんから習わなかった……何ですか?」
「あ、お雑煮知らないか。関東だとしょうゆ味のおつゆにお餅やナルトや菜っ葉を入れるの。関西は白味噌に丸餅だったかな。地域で違うのよ」
「お餅の入った汁物、初めてです。美味しそう」
「遠藤さん、お出汁取れる? 私、菜っ葉刻むわね」
「はい」
 遠藤が手際良くかつおぶしから出汁を取る様子を、マリ子は横目で満足げに見ながら具材を用意する。出汁の取れる若者、いいじゃない。
マリ子はぷうっと膨れた焼き餅をあちち、と言いながらトースターから取り出した。

 もともとひとり暮らしだから、おせち料理らしいものは何もないけれど、お雑煮とかまぼこ、伊達巻、黒豆を皿に盛れば、それらしいものが出来上がった。
「スーパーの社割さまさまだわ」
「豪華ですね」
「そう? なら良かった」
 食卓に並んだ料理へ目を輝かせる遠藤に、マリ子は初めて年頃らしい表情を見たな、と思う。
 ホームレスを決意した時はもちろんのこと、親から見向きもされなかった頃、優しいとはいえ気を使うこともあっただろうおばあちゃんの家、高校を辞めた時、怖い思いをした思い出。そんなものが遠藤から笑顔を失わせていた。
 今も決して満面の笑顔とは言えないけれど、少しでも楽しい思いの出来る1年を送ってくれたら、マリ子も嬉しい。
「さ、食べましょ。いただきます」
「いただきます」
 お雑煮のお餅が予想外に伸びて、ふふっと顔を見合わせるマリ子と遠藤なのであった。

 2日の仕事始めを終えて1ヶ月経ったある日のこと。マリ子と遠藤は、スーパーまでの道を喋りながら歩いていた。
「初めての給料日じゃない、遠藤さん」