「目的によって使い分けるんです。と言っても、自分も買ったことないですけど」
「じゃあ、それにしたらいいじゃない」
「自分、3つもレンズ要りません」
 そんなたわいのない会話をしながら量販店で服を一式買い揃え、マリ子は遠藤を従えてスーパーへ出勤した。

「おはようございます店長。アルバイト希望の遠藤さんです。私の知り合いの子なのでさっそく連れてきました」
「おお、さすがは太田さん。責任持って研修を頼みますよ」
「任せて下さい」
「君も太田さんに甘えず頑張ること」
「はい。よろしくお願いします」
 店長が年始の発注に追われているのをいいことに嫌味なアルバイト面接を回避することが出来たのは、マリ子の作戦だ。

「あの嫌味おやじには気をつけてね。でもマリ子さんの知り合いの子なら大丈夫よ、きっと。あ、よろしく。あたしユカって言います」
 さっそく遠藤のアルバイト入社を聞きつけてユカがやって来た。面白そうに遠藤のことを見る。
「なんかあたしと似た空気を感じる」
「あ、そうそう。ユカちゃん前に言ってたじゃないトランスなんとか」
「トランスジェンダー。人によっていろいろ違うのよ。自分らしいのが一番。ね、マリ子さん」
「そうね。自分らしく生きるのが一番いいと思うわ」
「今日は休みだけど、都筑さんておじさんもいて、大体遅番はこのメンバーで回してるの。遠藤さんは総菜調理?」
「そうね、マニュアルを教えたら入ってもらうわ。今日は私についてやり方を覚えてもらおうと思って」
「分かりました」
「じゃあさっそく調理場へ行きましょうか」

 マリ子の見立て通り、遠藤の覚えは早かった。おそらく料理のいろはをおばあちゃんからしっかり教わっていたのだろう。就業時間が終わる頃には、いちいち道具や調味料、調理のしかたを教えなくても、マニュアルを見ながら一連の作業が出来るまでになっていた。

「すごい、遠藤さん。これなら2日から調理場任せられるわ」
「大丈夫ですかね」
「分からないことがあれば、他のパートさんに聞いてもらえばいいし、私もバックヤードか売り場にいるから尋ねてくれたらいいわ。店長の方には行かないこと」
「ユカさんが言ってましたね、嫌味おやじって」
「ふふ、内緒よ」
「分かりました」

 マリ子は社割で買い物をすると、今年最後の閉店作業を終えて、待っていた遠藤と一緒に帰宅した。
「マリ子さん、今日は何買ったんですか?」
「んふふ。今日は12月31日、大晦日よ。大晦日に食べるものと言ったら?」
「えっと何だったっけ……」
台所で、買ってきたものをシンクに並べる。蕎麦の袋がふたつと天ぷらがいくつか入ったプラスチックの容器。
「正解は年越し蕎麦よ」
「ああ、お蕎麦。おばあちゃんに作ってもらった覚えがある。だけど、どうしてお蕎麦なんですかね?」