「そうです。それで、スマホも何も全部置いて、ここまで来たんですけど、証明書や履歴書なしで出来る仕事って言ったら、やっぱり風俗とかしかなくて。それだけは本当に嫌だったので、ホームレスを選びました。今日で3ヶ月目になるところでした」
「……遠藤さん、苦労したのね」
「家で親から放置されたのを思い出せばこっちの方が気楽です。なんか、ホームレスでも働ける就業支援センターってのを教えてもらったんですけど、年末年始で休みだって言われて。しばらくは持ってたお金でネカフェを転々としてたんですけどそれも限界が来て。正直、働かせてもらえるならありがたいです」
「シフトの件は任せて。ちょうどアルバイトの子が辞めちゃったので、こっちも助かるの。明日は19時まで、お正月は休みで、2日から営業なんだけど、さっそく大丈夫かしら?」
 すると、遠藤は今までの勢いから一転、少し恥ずかしそうに小声で言った。
「大丈夫なんですけど……、羊羹食べたら余計にお腹空いちゃって……」
 同意するように遠藤のお腹からグウという音が聞こえた。
「あら。ふふふ、ごめんね気づかなくて。若いんだもの、お腹空くわよねぇ豚汁と羊羹だけじゃ。ちょっと待ってて、おかずはありものだけど、ご飯は炊きたてよ。この時間にセットしてあるの」
 
 もうっと白い水蒸気が上って、炊きたてご飯のいい匂いが台所に広がる。
「お店の残りものだけど、里芋の煮っころがしと塩サバね。若い人の口に合うか分からないけど。そうだ、唐揚げも買ったんだった。食べる?」
「はい、いただきます」
「ご飯のおかわりあるから、いっぱい食べて」

 遠藤の食欲は食べれば食べるほど増していくようだ。あんな少ない炊き出しで数ヶ月凌いでいたのかと思うと、マリ子の胸は痛くなる。
「やっぱり若い人の食欲は見ていて気持ちがいいわね」
「すいません、遠慮もしないで」
「それが若い人の権利なんだからいいのよ」
 遠慮なんて、歳とった人がするもん。マリ子はそう言って笑った。

 翌日、さっそく午前中に遠藤を近くの1000円カットへ連れて行った。ざんばらだった髪の毛はさっぱりショートカットになり、よく見えるようになった遠藤の顔立ちの良さにマリ子はあら、となる。
「遠藤さんショート似合うわ。パンツルックが好きなら、スーパーの近くの量販店で買いましょ」
「すいません、払わせて。バイト料出たらすぐ返します」
「スマホも置いてきちゃったんでしょ。いいわよ、必要なもの買ってからで。あなたみたいな若い人とこんなことするの、ちょっと楽しいと思っている自分がいるのよ。久しぶり、美容院とかお買い物とか」
「そうなんですか」
「スマホ選ぶのもワクワクしちゃう。今はどんなのがあるのかしら」
「折り畳めるのとかありますよ。カメラのレンズが3つあったり」
「3つ! そんなに要るの!?」