ホームレス女子は、豚汁をかきこむと、黒い大きな傘を差した。どこからか拝借したものだろう。
「すいませんでした。ありがとうございました」
 マリ子に向かって小さくお辞儀をし、スーパーを去って行った。もうしばらく歩くとターミナル駅がある。そこにもホームレスが何人か寝泊まりしているから、おそらくホームレス女子もそこへ行くのだろうけれど、あそこは喧嘩や盗難などの犯罪が起こりやすいと聞いていた。マリ子は心配になる。

「太田さん! 何油売ってるの。早くこっちの仕事に戻って」
「はい」
 店長の声に、マリ子は何度かホームレス女子が去って行った方向を振り返りながら店内へと戻った。

 やっぱり心配で来てしまった。マリ子は、仕事終わりに、家とは反対方向のターミナル駅へと足を向けていた。
 ホームレス女子の居場所はすぐに分かった。黒い大きな傘をつい立て代わりにしていたからだ。マリ子は傘の横から「すみません」と声を掛ける。
「いきなり声を掛けてごめんなさい、ちょっとお話いいかしら」
「……ああ、スーパーの」
「太田マリ子といいます。失礼なことを聞くけど、お金とお家がないのよね」
「そうです」
「清々しいわね」
「どうも」
「あなた、私の家に住み込みする気はないかしら。手伝ってほしい仕事があるの」
 マリ子は思わずそう口にしていた。

「なんか悪い仕事の手伝いですか? クサとか? 売春なら無理です」
「やだ、そんなんじゃないわよ。私、あのスーパーで副店長をやってるの。でね、総菜調理の子がね、ひとり辞めちゃって。私が今兼任しているのだけれど、これが結構大変なのよ。あと、私の家でも家事を手伝ってくれたら、家賃はおまけするわ」
「……てか、なんで私に声掛けるんですか?」
「あなた、さっき豚汁が冷めると豚肉が固くなるって言ってたでしょ。料理のこと、知ってる子じゃないかなぁって思ったのよ」
「ああ」
 ホームレス女子はマリ子との会話でだいたいの様子を察したようだ。聡い子に見える。こんな子がどうしてホームレスに、とも思うけれど、今は聞かないでおく。

「でも自分、身分証明になるものが何もないし、調べられて場所バレするのが嫌でこの道を選んだというか」
「事情があるのね。大丈夫、履歴書はきちんと管理しているので心配いらないわ。本籍はさすがにあるわよね?」
「ありますけど……。お総菜作りって言われてもおばあちゃんから教わったことしか出来ないんで……」
「それで十分よ。マニュアルがあるしね。ね、今は止んでるけどまた雨が降りそうだし、立ち話も何だから私の家へ来ない? さ、行きましょ」
 マリ子が勢いよく歩き出して、ホームレス女子はつられて立ち上がった。
「わ、わ、ちょっと待って下さい」
黒い傘を急いで折りたたみ、慌ててマリ子のあとを追いかけてくる。マリ子は何だか楽しい気持ちになってきた。