「マリ子さんがいなくなっちゃったら、私も辞めるわ」

 遅番シフトの高橋ユカが、ぶりっ子ポーズでいやいやをするように言った。はじめに会った時は、見た目は男性にも見えるユカにマリ子は驚いたものだけれど、とてもいい子なので気に入っている。
「俺も」
 都筑もそれに続く。
「やだ、このスーパー潰れちゃうわよ、大丈夫。まだ私しばらく辞めないから心配しないで」
 身体が健康なうちは、働いて生活費を稼がなくてはいけないのは本当だ。親の家を相続すると決めたときに決心をした、離婚をしてひとりで暮らそうと。
 マリ子がそれまで貯めていた100万円のため息貯金が、離婚を後押ししてくれたおかげでもある。

 翌日は雨が降ったり止んだりの天気が朝から続いていた。12月30日。年末ということもあって、こんな天気の日はお客さんの数はいつもより少ないとは思うけれど、ひとつ問題があった。

 今日もいる。ここ数週間、雨の日になるとやって来るようになったホームレスがひとり。
性別や年齢はぱっと見ただけでは分からない。破けたジーンズを穿いていて髪の毛はショートカットの名残りがある。だいぶ切っていないのか伸び放題だけれど。
 そのホームレスは普段、スーパーのある商店街から少し歩いたところにある大きな公園で寝泊まりをしているようだ。公園では家や仕事のない人たちのために炊き出しが行われていて、そういったもので工夫をしながら食いつないでいるのだろうとマリ子は察する。
 それはいいのだけれど、雨の日に屋根のある場所がないからといってスーパーに来るのはやめてほしい。お客さんたちが怪訝そうな顔をして店に入るのを一瞬ためらう。
 何よりマリ子が憂鬱なのは、そのホームレスを追い払うのはマリ子の役目だということだ。店長が面倒を嫌ってマリ子にその役目を押し付けた。
「太田さんが言った方が、角が立たないだろ? ほら、太田さんそういうの得意だし」
 こういう時だけマリ子を褒めるのが、店長のやり口だ。マリ子はうへぇと心の中で渋い顔をしながら、返事だけは「分かりました」と答えておく。

「あの、雨のところ悪いけれど、うちも客商売なので、あまり居座られちゃうと困っちゃうのよ……」
 マリ子は幾度めかの台詞をホームレスへ伝えに行った。今まではマリ子にそう言われると無言で雨の中立ち去って行くのだけれど、この日は違ってマリ子はびっくりした。
「すいません。今日は年末の炊き出しで初めて豚汁が出たので、これだけ食べちゃってもいいですか」
「え、あなた、女の子?」
 声を聞けば、そのホームレスはうら若き女性だということにマリ子は気づいた。
「……はい、まあ」
 曖昧な返事が返ってくる。
「いろいろ事情があるだろうと思うけれど、ホームレスは危険だと思うわ。何とか……」
「それが何ともならなくて。すいません豚汁だけ。冷めると豚肉が固くなっちゃうので」