「どうしたって、ぎっくり腰? 太田さん若くないんだからそういうの気をつけてくれないと」
「すみません、店長」

 すると、それまで黙って控え室の隅にいた遠藤がぼそっと口を開いた。
「マリ子さんじゃなくて店長が兼任してたら、今頃店長がぎっくり腰だったかもしれないですね」
「なっ」
 遠藤に口撃されるとは思ってもみなかったのだろう、店長は「な、何だよ……急にさぁ」
と口の中でもごもご言いながら持ち場へと去って行くではないか。
「すごい。遠藤さん、やるわね」
 マリ子並に口の達者な遠藤、マリ子はあらためて彼女となら上手くやっていけそうだと感じた。
 上手くやっていけそう。そう、年の差友だち。先輩でも家族でもない、お互いに自分らしさを求めて生きている友だち。
「じゃあみんなに甘えて、整形外科に行ってくるわね」
 まずはぎっくり腰を治すのが先決だ。

「ただいま帰りました。マリ子さん、腰はどうでした?」
 遠藤がアルバイトから帰って来た。マリ子はひと足先に受診を終えて家に戻っていた。
「うん、湿布と痛み止め貰ってきたわ。あと腰のサポーター。これを締めているとすごく楽。明日からでも復帰出来るわ」
「無理は禁物です。今日、自分と都筑さんとユカさんで、店長にマリ子さんの分のシフト全員で分けるように直談判してきましたから、1週間はのんびりしてて下さい」
「1週間も!? 店長、よく許してくれたわね」
「ご自分がぎっくり腰になった時、だれも助けてくれませんよって言いました」
「遠藤さん、さっきも思ったけど、本当に弁が立つわよね。もし長くこのスーパーを続けてくれるようなら、売り場の方もお願いしたいくらいだわ」
「そうですか? 弁が立つとかは分かりませんけど、ここで長く働きたいとは思ってます。そうなると家は探さなくちゃですけど……いつまでもマリ子さんの家に居させてもらうのは申し訳ないし……」
「主にご飯作りやってもらえるなら、ここにずっと居てもらいたいんだけど……だめ?」
「いや、逆に自分からそれをお願いしたくて……マリ子さんの家、すごく居心地が良くて。というか、マリ子さんと居るのが、かな。今日は自分、初めてのお給料でこんなのを買って来てみました」
 そう言うと、遠藤はスーパーの袋からドーナツがいくつか入ったパックを取り出した。
「甘いものでマリ子さんを釣ろうと思って」
 それを聞いて思わず声を上げて笑ってしまったマリ子は、いてて、と腰に手をやる。
「簡単に釣られちゃうわよ、ご飯を食べたらデザートにいただきましょ」
 ふたりの夜は、甘いドーナツとお喋り、あたたかいお茶の湯気に包まれて更けていく。

マリ子と遠藤の生活はこうやってひょんなことから始まったのだった。