なんだか葉月の様子がおかしい。何か体調が悪そうだとかそう言う話ではなくて、どこかよそよそしいいのだ。
いつもなら会話が続くような場面でも話を切ってそそくさと別の作業へ行ってしまう。
「なんでだと思う」
「さあ、僕にはわかりません。葉月先輩に直接伺ったらどうですか」
あきれたように水戸が答える。それも納得がいく話で、今葉月たちがファッションショーの衣装合わせをしていていないことをいいことに、ずっとこの話題を繰り広げているからだ。
初めはまともに返答してくれた水戸も今は適当にしか返してくれない。
「聞けたらここまで苦労してない」
「そうですか」
口を動かす前に手を動かしてくださいね、と釘を刺される。わかってますよ。
現在あんなにあった文化祭のワークショップで使う小物類の仕分けが終わり、今は実際どんなプログラムを行うのかを考えている。
ワークショップで行う内容としては、俺たちが以前体験したリボンクラフト、レジン、編みぐるみを考えているのだが、どれも難易度が異なり時間配分が難しい。
どこまで俺たちが準備をして、ワークショップで活用するのか見極めが難しいところだ。
手芸部の中でも、不器用な俺が水戸と一緒にワークショップを模擬的に行っている。いろいろなパターンを試しているので、その残骸が箱に押し詰められていた。
「編みぐるみは、やはり上級者向けですね」
俺が作ったものを見て、水戸が言う。
「ところで今回のやつは何に見える?」
「オムライスですかね」
「図案の中にはないだろ」
「でも、オムライスにしか見えません」
「真面目にやれって」
「僕はいたって真面目です」
佐倉先輩こそちゃんと作ってくださいと言われる始末だ。俺だってちゃんとやっている。
「ちなみにそれは何ですか」
「星だ。どう見てもそうだろ、このトゲトゲしている感じとか」
「星と共通しているのは、黄色くらいですね」
辛辣な返し。リボンクラフト、レジン、編みぐるみと制作を続けているものの、編みぐるみだけが一向に上手くならない。
リボンクラフトでは、ワークショップで的場が作っていたリボンを編んで作る花をマスターした。レジンでは、初めに作った時には気泡という空気をたくさん入れてしまっていたが、今はほとんどなくなった。
だが、どうしても編みぐるみは上達しない。切り返しがうまくできないのだ。編んでいるうちにどう進めていけばいいのかわからなくなる。
葉月たちと一緒にやるとその差は歴然だ。
「悔しい」
「まあ、いいじゃないですか。リボンクラフトとレジンは上達しているわけですし」
「俺は、編みぐるみもできるようになりたい」
「でも、文化祭まであまり日がありませんよ」
水戸がカレンダーを指差した。文化祭が行われる日には大きい丸印が書かれている。
後二週間で文化祭本番だ。ファッションショーの衣装作りも大詰めで、今日はほぼ完成形になっているものを俺たちに見せるということになっている。そのために体育館を一時間ほど貸し切っている。
「それでも、やりたい」
「理由を聞いてもいいですか」
「二つできるようになったのに、最後の一つができないのは変な感じがするだろ」
「それは編み物でもいいですか?」
「それはどういうこと?」
「佐倉先輩は、縫い物をしながら形を作っていく作業が苦手じゃないですか」
認めたくはないが図星だ。
「編みぐるみって結局は毛糸を編んでそれを形にして完成しますよね」
「おう」
「つまり元は、編まれた平面の布じゃないですか」
「おう?」
「それなら、毛糸を編んで作品を完成させれば編みぐるみができたことになりませんか」
俺は編みぐるみのセンスがとことんない。おそらく形を把握する能力が他の人よりも低いんじゃないかと疑っている。
それを思えば編み物を完成させても編みぐるみができたことにすればいいのではないか、水戸の意見はそう言うことだ。
なんか少し違う気もするが、編みぐるみが現段階でできない以上シフトチェンジするのが良さそうだ。
「編み物、やってみようかな」
「ぜひそうしてください」
うまく誘導されたような気もするが、深く考えてもいいことはないだろう。
「お疲れ様でーす」
扉を開けて入ってきたのは、的場、雪哉、葉月の三人だ。
三人とも、白い衣装を身に纏っている。それぞれデザインが異なるもの、コンセプトは同じにすると言っていたので、統一感があった。
「すごい、衣装完成したんですね」
「皆さん、すごくお似合いです」
「そう?ありがと。さすが俺が作っただけある」
「的場、調子に乗るな。……でも、いい衣装ではある」
「でっしょー?高瀬はもっと素直に褒めてくれてもいいんだよ?」
「うるさい、少しは黙れ」
いつものように喧嘩に発展している。せっかく作った衣装が壊れませんように。
対して葉月は扉の付近で下を向いていた。
「葉月どうした、具合でも悪いのか」
側に行って話しかけてみても反応はない。まさか体調不良ではないだろうか。
「ちょっとごめんな」
下に回り込んで、表情を伺う。肌の色を見る限りでは体調不良ではなさそうだ。
「なんかあった?」
もう一度問いかけると、やっと葉月が顔を上げた。正確には俯くのはやめたが、両手で顔を覆っている状況である。
「葉月先輩どうしたんですか?」
雪哉と的場の喧嘩を仲裁していた水戸も心配そうに声をかける。
「あー葉月、それ嫌だったら落としてきてもいいぞ」
葉月の様子に的場が言い合いをやめて、申し訳なさそうに言った。
「別に俺たちは全然変だと思わなかったけどね」
雪哉が何事もなかったかのように、衣装を整えながら言う。
二人がそこまで言うなら気になる。
「葉月、手どけてもいいか?」
数秒経ってから、葉月が小さく頷いた。俺は葉月の手首をもちながら少しずつ、腕を広げていく。
不安げな表情と裏腹に、圧倒的な美がそこにあった。表情と衣装が相まってとても儚げだ。
「すごい、綺麗だ」
髪がセットされていて、顔にはメイクが施されている。素顔はメイクを必要としないほど、完成されているが、それがより際立っている。
目を強調するために入れられたラインや、いつもより上がったまつ毛、血色感がいいように整えられた唇。全てが葉月の魅力を引き立てている。
同時に俺はそんなに葉月の顔を細かいところまで、普段から見ているのかと思うと恥ずかしくなった。
「な、言っただろ、おかしくないって」
的場が自慢げに言った。葉月の髪をセットしたり、メイクをしたりしたのは彼だったのだ。
よく見ると的場と雪哉のも髪をセットして、メイクをしていた。
「俺たちがメイクしていたの気づかないくらい、葉月がかっこいい?」
「正直そう思います」
「素直だな、佐倉は」
雪哉は冗談めかして言う。
「……変じゃないかな」
部室に来てからずっと黙っていた葉月がやっと口を開いた。
「全然、変じゃない。むしろ超似合ってる!」
心から言うと、葉月が嬉しそうに笑った。女神の微笑とはこういう表情のことを言うんだろう。
「ありがとう」
目が合うたびに心臓が跳ねて落ち着かない。
「じゃあ、このまま体育館に行ってリハーサルするか」
その一声に全員が賛成をし、衣装が完成した熱をそのままにながらリハーサルに向かった。葉月から感じていたよそよそしさは感じなかった。