「……はぁっ。はぁっ」

 追手が来る気配はないけれど振り返らないように立ち止まらないように。まるで雪の上を走っているように、落ち葉に足をとられながらも必死で走る。
 あれから、どれぐらい走ったのだろう。鬱蒼とした森の中には目印一つないからわからない。まるで永遠と続く暗闇の中を彷徨っているようだ。

“__神社か寺が無難であろう”

 そう言われてもどこにあるのかわからない。それより、今頃……。

「っ!」

 足が縺れた瞬間、涙でぼやけた視界がグルグルと回る。痛みがないのは落ち葉のお蔭だろう。 私の身体はゴロゴロと転がっていく。皇子から託された歌を離さないように抱き締めながら。
 こうやっているうちに、また過去に戻れないだろうか。気づいたら難波宮で。皇子が縁側で空を見上げていて。塩屋さんも舎人さんもいて。露さんと時雨さんと五月雨さんもいて……。
 __会いたい。皆に会いたい。
 涙がまた溢れ出す。どんなに願っても、もうあの日には戻れない。