輿に戻ると皇子は私に向かって微笑む。

「優花殿も逃げよ」

 __逃げる?皇子を置いて?
 私は、そっとその手に触れる。

「戻ろうって、言ってくれたじゃない」

 しかし皇子は何も答えない。
 やがて日は落ちて今日も森の中で夜を過ごす。身を寄せ合ってお互いの熱を感じながら、これだけで充分だと思う。傍にいられるだけでいいのに、その願いを天は叶えてはくれないのだろうか。滲んでいく世界にポツポツと金色の光が見える。未来では薄れた色が、この飛鳥時代では鮮やかに輝く。

「寒いか?」

 私にもたれかかっていた皇子に「ううん。温かい」と、答える。皇子の温もりはいつも私の心を温めてくれる。