生きていることが当たり前。便利なことが当たり前。そんな世界で私は足りないものだけを数えていた。だけど足りないものだらけのこの世界では、目の前にあるものだけを数えては感謝して愛しんでいる。いつか失ってしまうかもしれないという恐怖が尊さを教えてくれる。
 今この瞬間だって無事に帰れる保証はない。例え無事に帰れたとしても明日はどうなるかわからない。
 いつだって死と隣り合わせだからこそ、目の前の無常を慈しむことができる。何気ない景色を何気ない日常をこの目に焼き付けておきたいと言った皇子の気持ちが今なら少しわかる。

 __私もこの瞬間の皇子の全てを焼き付けておきたい。

「少し眠れ」

 頭を撫でてくれる熱が心地よくて簡単に微睡みに誘われる。
 __幸せ。ただ、こうしていられるだけでいいからお願い。
 私はそっと願いながら目を閉じた。