山田先生の粋な計らいで、七限目のLHRを文化祭の準備に充てられることになった。
トッピングに使うカラースプレーや生クリームや卵すらも無いけれど、ホットケーキの粉と油は持ってきてくれた子がいたので何とかなった。牛乳は売店で買ってきた。
「めっちゃ良いにおいする」
「真ん中が焦げそう!」
「牛乳少なかったかもー」
「中にカスタード入れたい」
教卓の前できゃあきゃあ盛り上がっていると、山田先生から「あまり騒がないように」と注意されてしまった。そういえば、今は授業中だ。
たこ焼き器の中のベビーカステラを竹串で転がしながら、ちらっと教室の隅を見やる。千秋と友理奈は他の子が持ってきた小型のたこ焼き器を囲み、窓際で談笑中だ。耳を澄ませて聞こえてくるのは、彼女たちの推しが出演しているドラマの話だった。
――文化祭、関係無いじゃん。
胸をくさくさとさせながらベビーカステラの面倒を見ていると、隣で業務用のカップの値段を調べていた子に「真剣すぎ」と笑われてしまった。
漫画に出てくる学級委員長みたいに千秋たちに腹を立てていた自分がバカに思えてくる。
「うちのクラス、ベビーカステラ屋に決まってよかった」
隣の子がスマフォを片手にため息をつく。
「このくらいユルいほうが気楽でいいよね。『真面目にやってよ~!』って、誰かが怒ってケンカになることもなさそうだし」
周りにいた子たちはみんな「わかる~」と賛同した。
もちろん、私も口を揃える。ドラマの話をしている友達に腹を立てていたなんて言えない。空気が読めないやつだと認識されたら困る。
「五組は演劇やるでしょ? 台本とか衣装とか、かなり大変らしいよ。すでにピリピリしてるって」
「あー、『アラジン』でしょ?」
「『アラジン』? なつかしー!」
すぐ近くにいた男子が「ホール・ニュー・ワールド」のサビを熱唱し始め、山田先生に「うるさい!」と一喝されている。
「あの転入生も役者側になるのかな? たしか五組だったよね?」
「――転入生?」
気になる単語が出てきて、私はつい手を止めた。
「そうそう。五組に来た転入生の男の子。わりとイケメンなんだって。もし出演してたらみんなで観に行かない?」
「観たーい! 主演やってほしい。南くんだっけ?」
「違う。西くん」
襟元の茶色いシミを思い出しながら、つい「西くんっていうんだ」と呟くと、女の子たちに「おや?」という顔をされた。
「なになに? 宮ちゃん、気になってるの?」
「応援してもいいけど、ライバル多いと思うよ?」
いつになく照れてしまい、「そういうのじゃないから」と俯くと、「かわいー!」と冷やかされてしまった。
タイミングよく鳴ったチャイムに助けられ、転入生の話も打ち切りとなる。
七限が終わり、放課後となった。部活動や予備校で忙しい子が多く、たこ焼き器もさっさと片付けることになった。
私はたこ焼き器の洗浄を自ら申し出て、一人教室を抜け出した。他のクラスの生徒たちが「お腹が減るにおいがする」と言って一組の前を通り過ぎていく。
汚れたたこ焼き器はひとまず廊下の手洗いの端に置いた。身を翻し、向かったのは二年五組だ。隠し持っていた包装済みのベビーカステラを懐から取り出し、廊下の端から端を小走りする。
せめてものお詫びのしるしとして、この出来立てのベビーカステラを「西くん」に渡したしたかった。
「転入生の西くんってこのクラスで合ってる?」
西くんではない男子生徒が廊下側の席で荷物をまとめていたので尋ねる。彼は「そうだけど」と教室を見渡し、「でも、もう帰ったみたい」と首を横に振った。
「あいつ、放課後はいつもダッシュで教室から出ていくんだ」
「部活やってるの?」
「いや。バイトしてるらしい」
「バイトしてるんだ……」
部活なら校内を探せば会えたかもしれないけれど、アルバイト先まで押しかけるほどの行動力は無い。
礼を言い、五組から退散した。すごすごと手洗いに戻り、スポンジでたこ焼き器を洗う。
「ふられた?」
声を掛けてきたのは部活動に参加するためジャージに着替えたクラスメイトたちだった。彼女たちはにやにやしながら手洗いの上の台を指す。私が渡せなかったベビーカステラがあった。
「うるさいですー」
「宮ちゃんって考える前に行動するよね?」
「いきなりベビーカステラ持ってくる女、怖すぎ」
「距離感バグってるよな」
「だーからぁ、そういうのじゃないってば!」
スポンジを投げる真似をすると、クラスメイトたちは笑いながら逃げていった。
遠くで楽器の音が鳴る。
名前の知らない楽器の、低い音が。
トッピングに使うカラースプレーや生クリームや卵すらも無いけれど、ホットケーキの粉と油は持ってきてくれた子がいたので何とかなった。牛乳は売店で買ってきた。
「めっちゃ良いにおいする」
「真ん中が焦げそう!」
「牛乳少なかったかもー」
「中にカスタード入れたい」
教卓の前できゃあきゃあ盛り上がっていると、山田先生から「あまり騒がないように」と注意されてしまった。そういえば、今は授業中だ。
たこ焼き器の中のベビーカステラを竹串で転がしながら、ちらっと教室の隅を見やる。千秋と友理奈は他の子が持ってきた小型のたこ焼き器を囲み、窓際で談笑中だ。耳を澄ませて聞こえてくるのは、彼女たちの推しが出演しているドラマの話だった。
――文化祭、関係無いじゃん。
胸をくさくさとさせながらベビーカステラの面倒を見ていると、隣で業務用のカップの値段を調べていた子に「真剣すぎ」と笑われてしまった。
漫画に出てくる学級委員長みたいに千秋たちに腹を立てていた自分がバカに思えてくる。
「うちのクラス、ベビーカステラ屋に決まってよかった」
隣の子がスマフォを片手にため息をつく。
「このくらいユルいほうが気楽でいいよね。『真面目にやってよ~!』って、誰かが怒ってケンカになることもなさそうだし」
周りにいた子たちはみんな「わかる~」と賛同した。
もちろん、私も口を揃える。ドラマの話をしている友達に腹を立てていたなんて言えない。空気が読めないやつだと認識されたら困る。
「五組は演劇やるでしょ? 台本とか衣装とか、かなり大変らしいよ。すでにピリピリしてるって」
「あー、『アラジン』でしょ?」
「『アラジン』? なつかしー!」
すぐ近くにいた男子が「ホール・ニュー・ワールド」のサビを熱唱し始め、山田先生に「うるさい!」と一喝されている。
「あの転入生も役者側になるのかな? たしか五組だったよね?」
「――転入生?」
気になる単語が出てきて、私はつい手を止めた。
「そうそう。五組に来た転入生の男の子。わりとイケメンなんだって。もし出演してたらみんなで観に行かない?」
「観たーい! 主演やってほしい。南くんだっけ?」
「違う。西くん」
襟元の茶色いシミを思い出しながら、つい「西くんっていうんだ」と呟くと、女の子たちに「おや?」という顔をされた。
「なになに? 宮ちゃん、気になってるの?」
「応援してもいいけど、ライバル多いと思うよ?」
いつになく照れてしまい、「そういうのじゃないから」と俯くと、「かわいー!」と冷やかされてしまった。
タイミングよく鳴ったチャイムに助けられ、転入生の話も打ち切りとなる。
七限が終わり、放課後となった。部活動や予備校で忙しい子が多く、たこ焼き器もさっさと片付けることになった。
私はたこ焼き器の洗浄を自ら申し出て、一人教室を抜け出した。他のクラスの生徒たちが「お腹が減るにおいがする」と言って一組の前を通り過ぎていく。
汚れたたこ焼き器はひとまず廊下の手洗いの端に置いた。身を翻し、向かったのは二年五組だ。隠し持っていた包装済みのベビーカステラを懐から取り出し、廊下の端から端を小走りする。
せめてものお詫びのしるしとして、この出来立てのベビーカステラを「西くん」に渡したしたかった。
「転入生の西くんってこのクラスで合ってる?」
西くんではない男子生徒が廊下側の席で荷物をまとめていたので尋ねる。彼は「そうだけど」と教室を見渡し、「でも、もう帰ったみたい」と首を横に振った。
「あいつ、放課後はいつもダッシュで教室から出ていくんだ」
「部活やってるの?」
「いや。バイトしてるらしい」
「バイトしてるんだ……」
部活なら校内を探せば会えたかもしれないけれど、アルバイト先まで押しかけるほどの行動力は無い。
礼を言い、五組から退散した。すごすごと手洗いに戻り、スポンジでたこ焼き器を洗う。
「ふられた?」
声を掛けてきたのは部活動に参加するためジャージに着替えたクラスメイトたちだった。彼女たちはにやにやしながら手洗いの上の台を指す。私が渡せなかったベビーカステラがあった。
「うるさいですー」
「宮ちゃんって考える前に行動するよね?」
「いきなりベビーカステラ持ってくる女、怖すぎ」
「距離感バグってるよな」
「だーからぁ、そういうのじゃないってば!」
スポンジを投げる真似をすると、クラスメイトたちは笑いながら逃げていった。
遠くで楽器の音が鳴る。
名前の知らない楽器の、低い音が。