「宮ちゃーん! おはよー!」
「何持ってんの?」

 千秋と友理奈だ。
 私はわざとらしく顔をしかめて振り返る。

「たこ焼き器だよー! 重すぎる!」

 そう。苦労して運んでいるこのダンボールの中身は、大型のたこ焼き器だ。
 今月末に我が校で開催される文化祭で、私たち一組はベビーカステラ屋さんを営むことに決まったのだった。
 出来立てのベビーカステラを可愛いカップに入れ、トッピングして売る。そうと決まれば、生地を焼くためのたこ焼き器が必要だ。クラスメイトたちの家にあるたこ焼き器をかき集めることになった。
 私も自宅のキッチンに眠るたこ焼き器を引っ張り出してきた。数年前、お母さんが会社の忘年会のビンゴで当てたものだ。重いし洗うのも面倒臭くて、二回くらいしか使ったことがない。

「宮ちゃんの家から運んできたの? 歩きで?」

 千秋が目を丸くする。

「そうだよー。筋肉痛になりそう。信号待ちしてる時にダンボールを下に置いてゼーゼー言ってたのね、そしたら小学生の見守りのおばちゃんに心配された」

 千秋と友理奈がゲラゲラと笑う。
 二人はスクールバッグではなく、ぴかぴか輝く大きな楽器を持っていた。吹奏楽部の朝練を終えたばかりなのだろう。
「ごめんねー。うちら吹部(すいぶ)の練習が忙しすぎて、ベビカス屋さんにはあまり参加できなくてさあ」

 友理奈が眉を八の字にする。
「ごめん」とは思っていなさそうだな、と勘繰る自分が少し嫌になる。

 吹奏楽部は文化祭で毎年必ずステージに出て演奏をする。コンクールではないけれど、強豪校という看板を背負っているから気は抜けない。吹奏楽部に入るためにうちの高校を受験する予定の中学生たちだって大勢やってくる。
 だから練習だってきついし、クラスの催しに積極的に参加できないのは当然だ。
 当然だけど、「ああ、そうですか。頑張ってくださいね」と素直に応援する気にもなれない。小言の一つや二つ言いたくなる。

「まあ、参加できない薄情者たちは、多めに出資してもらえばいいだけなんで」

 ちくちくと相手を刺しかねない言葉をジョークで紛らわす。

「宮ちゃん、鬼だ鬼!」
「私、お金なんか無いよー。ツアーグッズ代も貯めなくちゃなんだからさぁ」

 談笑しながら三人で階段を上り、二年生の教室が並ぶ三階まで着いた。最上階の音楽準備室に楽器を片付けに行くという二人を見送り、二年一組の教室へ向かう。

「おはよ! 約束のもの、ちゃんと持ってきましたよー」

 教卓の上にドン!とダンボールを載せる。

「おお! 宮ちゃんのたこ焼き器、でっかあ!」
「どうやって運んできたの!?」

 女子も男子も目を輝かせる。わざわざ家から持ってきた甲斐があるというものだ。

「すごいでしょ~。一度に30個も焼けるんだ」
「でもそれ、どこに置いとくの?」
「ここに決まってるでしょ!」

 私は教卓を指した。間もなく担任である山田先生がやってきてこの教卓の前に立つだろう。

「うちの担任、スルーしそう」
「スルーするけど内心めっちゃキレてそう」
「そういうタイプが一番怖いから」

 みんなでけらけら笑っているうちに、山田先生が登場してしまった。
 私は段ボールを抱えて慌てて自分の席に着く。教卓にたこ焼き器を置いておくなんて、そんな大それたことをする勇気は無い。

「成宮さーん、それでどうやって授業受けるつもりなんですか?」

 山田先生が、私の机の上からはみ出すほど大きなダンボールを睨む。

「えーと。一限が始まるまでに何とかします」
「何とかしなかったら没収しますからね」

 教室中にクスクスと笑いが起こる。千秋と友理奈が私を見てにやにやしているのでじとっと睨みつけた。

 昼休みになり、コンビニで買ったサンドイッチと英単語ドリルを持って席を立った。
 クラスメイトたちの笑い声と、机の脚が床を擦る音を背に浴びながら教室を出る。
 一人で。
 友達は誘わない。
 一階に下り、昇降口の向かいの扉から中庭へ出てみる。五月上旬らしい爽やかな外気だ。中庭の中央、木陰の下のベンチの表面は冷たい。ひんやりしたベンチを陣取り、そこで昼食をとる。
 遠くから楽器の音色が聞こえてきた。この音がホルンなのか、トランペットなのか、音感も教養も無い私にはさっぱりわからない。千秋と友理奈の奏でる楽器の名前も、もうすっかり忘れてしまった。

 手早く食事を済ませ、ベンチから立ち上がる。中庭から校舎に戻り、出入り口のすぐ近くの図書室へ向かった。チャイムが鳴るまで、図書室の自習スペースで勉強するのだ。おざなりに。
 それが、二年生に進級した私の昼休みの過ごし方だった。
 自習スペースのデスクを借り、英単語ドリルを開く。周りの生徒が走らせる真面目なシャーペンの音を聞いていると、あくびが出てきた。

 手で口を隠しながら、「そういえば」と思い出す。今日の朝、迷惑をかけてしまった男子生徒についてだ。彼のポロシャツのシミはどうなっただろう。
 それから、転入してきたばかりの彼は、昼休みをどのように過ごしているのだろう。もう誰かと楽しく食事しているのだろうか。