私が生まれた頃。
 つまり約十七年前にはすでに、この街の商店街はシャッターだらけだったらしい。
 お母さんが若い時には東京に本店を置くレストランの二号店や、映画館だってあった。それなのに、駅の向こうできたショッピングモールにお客さんたちがどんどん流れてしまったのだ。
 地域活性のため、商店街を舞台にしたイベントも何度か開催されたらしいけれど、賑わいを取り戻す日はとうとうやって来なかった。今現在も常に人気(ひとけ)が無くて、近所に住む私ですらもほとんど立ち寄らない場所となっている。

 でも、雨の降る日だけは別だ。
 雨の日だけは、この商店街を通学路として使わせてもらっている。
 少し遠回りになってしまうけれど、商店街の全蓋式アーケードの下をくぐり抜ける間は傘が不要となる。いつも通る広い道を逸れて長い階段を下りたところにある商店街を通れば、濡れることなく自宅と高校を往復することができるのだ。

 今日も朝からずっと雨だった。今週は雨の日が多いらしい。そろそろ梅雨入りとなるのだろう。
 放課後になり、遠回りして商店街にたどり着く。入り口で濡れた傘を閉じた。
 シャッターの並ぶ通路のずっと向こうに、二つの人影が見える。
 薄むらさきのレインコートを着た女の子がお父さんに手を引かれて去っていく。彼らの他にはもう誰の姿も無い。

 たたんだ傘を手にタイルの上を歩いていると、一軒の喫茶店と思しき店を発見した。引き寄せられるように近づき、店の前で足を止める。
 つるつると輝くレンガの壁、チョコレート色の扉、同じ色の木枠の大きな窓。窓にはめられたガラスには、金色のレトロなフォントで「レインコート」と書かれている。
 おそらくこれが店名だ。
 店名の上にはコーヒーカップの絵が描いてあるから、喫茶店で間違いないだろう。カフェ、または純喫茶とも呼ぶかもしれない。

 つい立ち止まったのは、レトロでSNS映えしそうな外観に心惹かれたからではない。この商店街において、シャッターが上げられている店が珍しかったからだ。
 数歩近付いて窓から中をのぞいてみる。でも、暗すぎて店内の様子はわからない。高校の制服である地味なセーラー服を着た、地味な自分がガラスに映り込むだけ。

「成宮」と書かれた名札を胸に付けっぱなしにしていたことに気がつき、外してスクールバッグの内ポケットにしまった。
 湿気でうねるセミロングの髪を手櫛で梳きながら上を向く。二階があるようだけど、窓には「本」と白い字で書かれていた。一階の喫茶店とはまた別の店舗なのだろう。

 どこからか吹き込んできたひんやりとした風に二の腕を撫でられる。
 くしゅん、と一つくしゃみをした。その瞬間だった。

「――お客さん?」

 男性の声にぎくりと身を強張らせ、首だけで振り返る。
 喫茶店の扉が開き、中から男の子が体を上半分だけのぞかせていた。
 白いシャツに、いかにも喫茶店の従業員らしい黒いエプロンをかけている。背はすらりと高い。

「いえ」と細い声で返事をしながら、私は彼に見惚れていた。きれいな顔だったからだ。
 クラスメイトの推しであるアイドルに似ているかもしれない。さらさらの黒い髪や、荒れていない白い肌が羨ましくなる。お手入れ方法を教えてほしい。
 年齢は私より少し上だろうか。
 きっとこの店でアルバイトしているのだろう。

「まあ、入れば。寒かったでしょ」

 エプロン姿の彼はぶっきらぼうに言って背を向けた。木製の扉は開けっぱなしにしたまま、さっさと店内に戻ってしまう。