それは、突然の出来事だった。
 庭に入る扉を開けると、いつものようにトートの声が聞こえない。庭でうずくまっているのを見て、寝ているのかな? と近づいて撫でると、その体が冷たくなっているのに気がついた。
 それからもう、二度とトートが目を覚ますことはなかった。一週間ぐらい前からあまり散歩にも行こうとしたがらなかったので、変だね? という話をしていた矢先の出来事だった。寿命だった。
 トートの死に、一番取り乱していたのは、紫帆だった。トートがさらわれた事件が、トートの寿命を縮めてしまったんだと、随分自分を責め、一時引きこもってしまっていた。
 そんな紫帆を一喝したのは、義法だった。
「今のてめぇの姿を見て、お前もトートも楽しいと思えるのかよっ!」
 その言葉が効いたのか、なんとか紫帆も今、トートの葬儀に参加出来ている。
 私たち女子三人はずっと泣いていて、男子も口をつぐみ、唇を噛んだり、上を向いたり、なんとも言えない表情を浮かべていた。
 そして式が進み、先生の時と同じく順番に皆でトートが眠る棺に花を入れていく。
「すみません。どうしても、どうしてもこれだけは一緒に入れさせてもらえませんか?」
 寿史はそう言って、係の人に自分の描いた絵をトートが眠る棺に入れてもらえないか頼み込んでいた。結局絵が大きすぎて入り切らなかったのだけれど、火葬場でトートと一緒に燃やしてもらえることとなった。
 画像でもらった寿史の絵は、油絵で描かれた集合絵だった。トートとしゃがんだ先生が真ん中にいて、私たちがそれを取り囲む構図となっている。絵に描かれたトートは、こちらを向いて元気そうに笑っていた。そしてトートは、ちゃんと自分の四本の足でしっかりと立っていた。その画像は、私のスマホのホーム画面に設定している。
 式が終わり、棺に眠るトートは私たちに見送られ、火葬場へと運ばれていった。その後トートは、先生が眠る墓地で安らかな眠りを迎える予定だ。先生の眠る墓地はペットと一緒に眠れるようになっていて、先生が残してくれた残りのお金は、全てトートの供養に使ってしまった。
 トートの葬儀を終えた後、私たちは誰もがすぐに帰ろうと言い出さず、なんとなくファミレスに立ち寄る。お腹が空いているわけでもなかったので、六人が全員ドリンクバーを頼んだ。
 全員がノロノロと、各々飲み物を入れて戻ってくると、義法が静かに口を開いた。
「結局、なんで先生は俺たちにトートを託したんだと思う?」
「多分、だけど」
 そう言って私は、小さくつぶやいた。
「もう一度、私たちに向き合うきっかけをくれたんだと思う」
「……それは、何に対して?」
「し、『死』に対して、じゃないかな?」
 剛士の言葉に、しおりがそう反応した。しおりの言葉を聞いて、寿史も小さくうなずく。
「そうだね。特にこの一ヶ月、僕たちはずっとトートの事を考えて、トートと向き合ってきた気がする。もう、先が見えているトートの事を」
「でも、でも、こんなに、こんなに早く、くるなんて……」
 また涙ぐみ始めた紫帆を、私は抱きしめる。
「小学校三年生の時に皆で考えた、『死』との向き合い方、付き合い方って、あれでよかったんだと思う。でも、それをずっと無理して続けていく必要は、ないんだと思う」
「無理に、変える必要も、な」
 義法の言葉に、私は小さくうなずいた。
 多分これは、何が正しいとか、何が間違っているとか、そういう話ではないのだ。
 突然現れた『死』を、どうやって受け入れるのか? 受け止めるのか? これは、その覚悟の話なんだと思う。
 ……自分の信念、って言ってもいいのかもしれないけど。
 皆の顔を見回すと、表情の違いはあるけれど、皆何かしら決めたような、そんな表情を浮かべていた。
 それからは特に話題もなく、自分の飲み物を飲み終えた人から順に席を立っていく。私も自分のメロンソーダを飲み干してから、立ち上がった。
 ファミレスの外に出ると、秋の日差しが私を照らす。いつもと全く同じ太陽が空に昇っているのに、この世界にトートはもういない。それでも私は一歩、前へと足を踏み出した。
 ……私はまだ、『死』が怖い。
 終わってしまうのは恐ろしいし、そんなものは見たくはない。けれども今日、トートを見送る時は、顔をうつむける事はしなかった。
 結局私たちは、小学校三年生の時に出会ったあの『死』から、本質的にそこまで変わってはいないのだろう。
 それでもこれからは少しだけ、あの時とは、死体を見つけた小学生三年生の時とは違う『死』との向き合い方を、付き合い方をしていくことになるはずだ。折り合いをつけるのか、それとも振り切るのかは、それこそ自分次第。六人いれば、六人分のやり方があるのだろう。
 そして、そうしながら、私たちは一歩一歩、歩いていくのだ。トートがいなくなっても、生きていくのだ。
 その日が来るまで。自分の番になるまで。
 そうだ。誰だって。
 いずれ、死ぬことになるのだから。