放課後、鼻歌交じりにあたしは校舎を歩いていた。楽しいことや面白いことがあった翌日は、とても気分がいい。あたしの気持ちを表すように、ポニーテールが軽快に揺れる。
……昨日のトートも、可愛かったなー。
静花の案で車椅子をつけたのは、大正解だったと思う。出会った時のドッグフードに目がなくて、散歩も駆け回るトートが戻ってきたみたいだ。一日中わしゃわしゃしていても飽きない。
……そう言えば最近、康治と千春がトートのことやたらと聞いてくるんだよねー。
どこで世話してるのだとか、他に誰と世話してるのだとか、何かに付けてトートの話をしようとしてくる。他にも天燈工に知り合いがいるか聞かれたけど、面倒くさそうな話になりそうなので誤魔化しておいた。
……海にはトートの事、一応釘刺しといたけど、今日ぐらいもう一度言っておいたほうがいいかなー。
そう決めると、私の足は自然と屋上へと向かう。最近、海たちが集まる場所は屋上になっていた。
……まーた海がトートに嫉妬したら、今日はちょーっとぐらいならエロいことも許してやるかー。あたし、今日はトートのお世話係じゃないしねー。
軽快な足取りで階段を登り、最上階へ。屋上へと続く扉のドアノブを握り、捻った所で鍵がかかっている事に気がついた。
……あれ? まーだ誰も着てないのー?
いつもなら誰かしら屋上でだべっていたり、タバコをふかしていたりするはずだ。
若干の違和感を覚えつつも、いないのであれば仕方がないと、あたしは登ってきた階段を降り始めた。
……直接、海の教室覗いて見ようかなー?
それとも、康治か千春を捕まえて海の居場所を聞いたほうが早いだろうか? そう悩んでいると、後ろから声をかけられる。
「あれ? 紫帆?」
「あ、春華さん。お疲れ様っすー」
あたしを見て不思議そうな顔をする春華さんに対して、逆にあたしの方が不思議そうな顔になる。
「どーしたんですか? 春華さん。あたし、なんか変なことしてますかー?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。紫帆、あんた塩畑たちと一緒に行かなかったの?」
「え……?」
春華さんの言葉に、一瞬あたしの時間が凍りつく。何も言わないあたしに向かって、春華さんは小首を傾げた。
「さっき塩畑たち、学校出てったわよ?」
「……康治も千春も、一緒にですかー?」
「ええ、そうよ。あんた、何か塩畑から聞いてないの?」
「全く聞いていないっすねー」
嫌な、予感がする。
放置していたら絶望的な状況になる予感はありありとするのに、それが何なのかわからない焦りであたしの額に若干汗が滲んだ。
あたしは春華さんに問いかける。
「海たち、出かける時何か言ってませんでしたかー? 行き先とか、そーゆーの」
「ああ、そうそう、変なこと言ってたわよ。公園の遊具なら、事故? にできるとかなんとか」
「……あははははははっ。よくわかんないっすね、それ。じゃ、あたし海たち探してきますね」
「え、紫帆? ちょっと、紫帆っ!」
春華さんの言葉に答えることもせず、あたしは自分の教室まで駆け出した。
トートだ! トートだ! トートだ! トートだ!
あの野郎(海)は、事故死に見せかけてトートを殺す気だっ!
確かに事故死として処理されるなら、器物破損罪にはならないだろう。そしてその後、あたしたちから先生が残してくれた金を巻き上げようとしているのだ。
……最近トートの事をやたらと聞いてくると思ったら、そういうことかよクソったれっ!
海たちにメッセージを送るが、既読が付くのをあたしは期待してはいない。
自分の教室に飛び込んで鞄を担ぐと、あたしはすぐに下駄箱まで走る。その最中、あたしは他の五人に向けてトークルームにメッセージを送った。
『皆、今すぐトートに会いに行って!』
『は? 何いってんだ紫帆』
すぐによっしーから返信がくるが、走りながらでは上手くスマホを操作出来ない。
だから短く簡潔に伝えたいことを書くと、こうなった。
『トート殺される』
『え? 紫帆、どういうことなの?』
静花のメッセージを横目に下駄箱で靴に履き替えて、あたしは校門をくぐり、駅まで向かう。真夏の太陽が眩しくて、海にトートの事を話したうかつなあたしを責めている様に感じられた。
トークルームを見ると、あたしのメッセージを、たけが『確かな情報なのか?』と怪訝に思い、しおしおは『別に今じゃなくてもよくない? 今日当番じゃないんだけど』と否定的な意見を出し、『トートだけが襲われるってこと? 物置にある僕の絵が無事なら、そんなに急ぐことじゃないんじゃない?』とひさは自分の絵のことしか気にしない。
あたしは駅の改札をくぐり、汗だくになりながら階段を登る。
駅のホームにたどり着くと、あたしはトークルームへこうメッセージを投げ込んだ。
『今すぐ殺されそうなトートの元に皆で集まるかどうか、多数決しない?』
あたしたちの間で、この提案に異論が出るはずもない。
……でも正直、分が悪いかなぁー。
賛成票は、あたしの一票が確実に入る。たけはまた保留だろう。そうなると後二人、賛成票に投じて貰う必要がある。
……しずーは、多分賛成だよねー。
車椅子を提案した件等、最近のトートへの接し方を見ればしずーがトートを可愛がっているのはわかる。
では後一人、賛成票に投じてくれそうな人は誰なのか?
……しおしおは、多分反対かなー。
先程の否定的なメッセージといい、しおしおのトートの世話をするモチベーションは格段に落ちている。SNSが炎上して以来、トートの写真は撮っているが投稿は控えているみたいだ。載せない写真を撮るために、今から進んでトートの元へ駆けつけようとは思っていないだろう。
……ひさは、どうかな?
ひさは、自分の描いた絵にしか関心がなかった。ひさに賛成させるには彼の絵が危ないと伝えるだけでいい。でもそれが嘘だと判明した場合、あるいは絵が無事だとわかった場合、あまりよくない事態になる。
……多分、海たちは先にトートの元に到着するよねー。
やつらの狙いは、トートを公園の遊具で事故死に見せかけることだ。そのためトートをさらって、どこかの公園まで運ぶ必要がある。
いや、そう考えるのは軽率かもしれない。トートが生きていれば、吠えるし、下半身が麻痺しているとは言え抵抗するはずだ。先に殺して、その後公園へ移動して偽装工作をするのかもしれない。
いずれにせよ、あたしたちはトートがどこにさらわれたのか探す必要があるのだ。
……だからもしあたしが今ひさを誘導して賛成票を入れさせても、ひさの絵が無事だったら場合、その場でトートの捜索をするか否かの投票をされたら、ひさは多分、反対票を入れるよねー。
そうなると多数決が行われること事態をあたしは避けようとするだろう。でもそうなると、最悪しずーとあたしの二人で海たちを探さなければならなくなる。探すのも大変だが、そもそも女子二人で海たち三人に勝てる要素がない。
そうなると、ひさに未確定の情報は伝えられないのだ。彼の票は、最悪反対票に入るものだと思っていたほうがいいだろう。
……ここは素直に、トートを心配してくれる人が賛成に回ってくれる事を期待するしかないんだけど。
だが残りの一票は、あのよっしーだ。
よっしーの『死』の向き合い方は、虚無みたいなものだと、あたしは思う。最終的に死んでしまうのだから、全てに意味がないと思っている。
それは酷く退屈に思えるが、今その価値観で投票した場合、反対に票を入れる確率がかなり高いのではないか? とあたしは思った。
……よっしー、最初からトートを保健所に連れてこうとしてたもんなぁー。
どうせ死ぬんだから、早く死ぬ分には構わない、という考えで反対票を入れるよっしーの姿が、容易に想像出来た。
だとすると、ひさが気まぐれで賛成票に入れてくれる事を祈るしかない。
……お願い、お願いだよっ!
そして、投票が開始され、ものの数秒で投票が終わる。
投票の結果は、トートの世話をするときと全く同じだった。
つまり、賛成三、反対二、保留一。
でも、賛成と反対に投票した人が違う。
保留は、たけの一票。
反対は、しおしおとひさの二票。
そして賛成は、あたし、しずー、そしてよっしーの三票だった。
よっしーはトークルームで、こんなメッセージを投稿していた。
『見れるのなら、あいつの今際の際に少し興味がある』
例のボロ屋の裏に回ると、扉は鍵がかかったままだった。でも木製の囲いの上には、泥が付着している。恐らく海たちはここからよじ登り、中に入ったのだろう。
この扉を開けたら海たちと遭遇することも考えて、深く深呼吸をする。
そして扉の鍵を開け、中へと足を踏み入れた。でも、想像していたように海たちとの遭遇もない。そこには、何もなかった。
そう、何もなかったのだ。
皆で毎日掃除をしていた犬小屋は、屋根から押しつぶしたように粉砕していた。
水を入れるのに使っていた水栓柱はへし折れ、周りを水浸しにしている。
スチール製の物置も、扉や壁がボコボコにへこまされていた。
そしてトートが身につけていたはずの車椅子は真っ二つにされ、片方の車輪がカタカタと音を立てながらいびつに回っている。
「と、トート……?」
遅まきながら名前を呼ぶが、トートがここにいないのは明白だった。
そう、ここにはもう何もない。
トートとふざけて遊んだ光景も、しょんべんをかけられキレたあの日も、日々弱っていくトートをあたしたちが世話をしていた日常も、もうここには何もなかった。
……これはきっと、見せしめだ。
トートを事故死に見せかけて殺し、その後あたしたちから金を巻き上げるための布石。自分たちに逆らったら、お前らもこうしてやるという、海たちのあまりにも暴力的なメッセージだ。
……海はもう、あたしのことを彼女じゃなくて、ただの金づるだって思ってんだね。
こんなの、全然楽しくない。面白くない。気持ちよくない。つまらない。辛い。痛い。きつい。こんなの、こんな気持、耐えられない。
海に対する怒りと、自分に対する不甲斐なさと、他の五人への申し訳無さと、何よりトートの心配で。
あたしは一人、絶叫した。
……昨日のトートも、可愛かったなー。
静花の案で車椅子をつけたのは、大正解だったと思う。出会った時のドッグフードに目がなくて、散歩も駆け回るトートが戻ってきたみたいだ。一日中わしゃわしゃしていても飽きない。
……そう言えば最近、康治と千春がトートのことやたらと聞いてくるんだよねー。
どこで世話してるのだとか、他に誰と世話してるのだとか、何かに付けてトートの話をしようとしてくる。他にも天燈工に知り合いがいるか聞かれたけど、面倒くさそうな話になりそうなので誤魔化しておいた。
……海にはトートの事、一応釘刺しといたけど、今日ぐらいもう一度言っておいたほうがいいかなー。
そう決めると、私の足は自然と屋上へと向かう。最近、海たちが集まる場所は屋上になっていた。
……まーた海がトートに嫉妬したら、今日はちょーっとぐらいならエロいことも許してやるかー。あたし、今日はトートのお世話係じゃないしねー。
軽快な足取りで階段を登り、最上階へ。屋上へと続く扉のドアノブを握り、捻った所で鍵がかかっている事に気がついた。
……あれ? まーだ誰も着てないのー?
いつもなら誰かしら屋上でだべっていたり、タバコをふかしていたりするはずだ。
若干の違和感を覚えつつも、いないのであれば仕方がないと、あたしは登ってきた階段を降り始めた。
……直接、海の教室覗いて見ようかなー?
それとも、康治か千春を捕まえて海の居場所を聞いたほうが早いだろうか? そう悩んでいると、後ろから声をかけられる。
「あれ? 紫帆?」
「あ、春華さん。お疲れ様っすー」
あたしを見て不思議そうな顔をする春華さんに対して、逆にあたしの方が不思議そうな顔になる。
「どーしたんですか? 春華さん。あたし、なんか変なことしてますかー?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。紫帆、あんた塩畑たちと一緒に行かなかったの?」
「え……?」
春華さんの言葉に、一瞬あたしの時間が凍りつく。何も言わないあたしに向かって、春華さんは小首を傾げた。
「さっき塩畑たち、学校出てったわよ?」
「……康治も千春も、一緒にですかー?」
「ええ、そうよ。あんた、何か塩畑から聞いてないの?」
「全く聞いていないっすねー」
嫌な、予感がする。
放置していたら絶望的な状況になる予感はありありとするのに、それが何なのかわからない焦りであたしの額に若干汗が滲んだ。
あたしは春華さんに問いかける。
「海たち、出かける時何か言ってませんでしたかー? 行き先とか、そーゆーの」
「ああ、そうそう、変なこと言ってたわよ。公園の遊具なら、事故? にできるとかなんとか」
「……あははははははっ。よくわかんないっすね、それ。じゃ、あたし海たち探してきますね」
「え、紫帆? ちょっと、紫帆っ!」
春華さんの言葉に答えることもせず、あたしは自分の教室まで駆け出した。
トートだ! トートだ! トートだ! トートだ!
あの野郎(海)は、事故死に見せかけてトートを殺す気だっ!
確かに事故死として処理されるなら、器物破損罪にはならないだろう。そしてその後、あたしたちから先生が残してくれた金を巻き上げようとしているのだ。
……最近トートの事をやたらと聞いてくると思ったら、そういうことかよクソったれっ!
海たちにメッセージを送るが、既読が付くのをあたしは期待してはいない。
自分の教室に飛び込んで鞄を担ぐと、あたしはすぐに下駄箱まで走る。その最中、あたしは他の五人に向けてトークルームにメッセージを送った。
『皆、今すぐトートに会いに行って!』
『は? 何いってんだ紫帆』
すぐによっしーから返信がくるが、走りながらでは上手くスマホを操作出来ない。
だから短く簡潔に伝えたいことを書くと、こうなった。
『トート殺される』
『え? 紫帆、どういうことなの?』
静花のメッセージを横目に下駄箱で靴に履き替えて、あたしは校門をくぐり、駅まで向かう。真夏の太陽が眩しくて、海にトートの事を話したうかつなあたしを責めている様に感じられた。
トークルームを見ると、あたしのメッセージを、たけが『確かな情報なのか?』と怪訝に思い、しおしおは『別に今じゃなくてもよくない? 今日当番じゃないんだけど』と否定的な意見を出し、『トートだけが襲われるってこと? 物置にある僕の絵が無事なら、そんなに急ぐことじゃないんじゃない?』とひさは自分の絵のことしか気にしない。
あたしは駅の改札をくぐり、汗だくになりながら階段を登る。
駅のホームにたどり着くと、あたしはトークルームへこうメッセージを投げ込んだ。
『今すぐ殺されそうなトートの元に皆で集まるかどうか、多数決しない?』
あたしたちの間で、この提案に異論が出るはずもない。
……でも正直、分が悪いかなぁー。
賛成票は、あたしの一票が確実に入る。たけはまた保留だろう。そうなると後二人、賛成票に投じて貰う必要がある。
……しずーは、多分賛成だよねー。
車椅子を提案した件等、最近のトートへの接し方を見ればしずーがトートを可愛がっているのはわかる。
では後一人、賛成票に投じてくれそうな人は誰なのか?
……しおしおは、多分反対かなー。
先程の否定的なメッセージといい、しおしおのトートの世話をするモチベーションは格段に落ちている。SNSが炎上して以来、トートの写真は撮っているが投稿は控えているみたいだ。載せない写真を撮るために、今から進んでトートの元へ駆けつけようとは思っていないだろう。
……ひさは、どうかな?
ひさは、自分の描いた絵にしか関心がなかった。ひさに賛成させるには彼の絵が危ないと伝えるだけでいい。でもそれが嘘だと判明した場合、あるいは絵が無事だとわかった場合、あまりよくない事態になる。
……多分、海たちは先にトートの元に到着するよねー。
やつらの狙いは、トートを公園の遊具で事故死に見せかけることだ。そのためトートをさらって、どこかの公園まで運ぶ必要がある。
いや、そう考えるのは軽率かもしれない。トートが生きていれば、吠えるし、下半身が麻痺しているとは言え抵抗するはずだ。先に殺して、その後公園へ移動して偽装工作をするのかもしれない。
いずれにせよ、あたしたちはトートがどこにさらわれたのか探す必要があるのだ。
……だからもしあたしが今ひさを誘導して賛成票を入れさせても、ひさの絵が無事だったら場合、その場でトートの捜索をするか否かの投票をされたら、ひさは多分、反対票を入れるよねー。
そうなると多数決が行われること事態をあたしは避けようとするだろう。でもそうなると、最悪しずーとあたしの二人で海たちを探さなければならなくなる。探すのも大変だが、そもそも女子二人で海たち三人に勝てる要素がない。
そうなると、ひさに未確定の情報は伝えられないのだ。彼の票は、最悪反対票に入るものだと思っていたほうがいいだろう。
……ここは素直に、トートを心配してくれる人が賛成に回ってくれる事を期待するしかないんだけど。
だが残りの一票は、あのよっしーだ。
よっしーの『死』の向き合い方は、虚無みたいなものだと、あたしは思う。最終的に死んでしまうのだから、全てに意味がないと思っている。
それは酷く退屈に思えるが、今その価値観で投票した場合、反対に票を入れる確率がかなり高いのではないか? とあたしは思った。
……よっしー、最初からトートを保健所に連れてこうとしてたもんなぁー。
どうせ死ぬんだから、早く死ぬ分には構わない、という考えで反対票を入れるよっしーの姿が、容易に想像出来た。
だとすると、ひさが気まぐれで賛成票に入れてくれる事を祈るしかない。
……お願い、お願いだよっ!
そして、投票が開始され、ものの数秒で投票が終わる。
投票の結果は、トートの世話をするときと全く同じだった。
つまり、賛成三、反対二、保留一。
でも、賛成と反対に投票した人が違う。
保留は、たけの一票。
反対は、しおしおとひさの二票。
そして賛成は、あたし、しずー、そしてよっしーの三票だった。
よっしーはトークルームで、こんなメッセージを投稿していた。
『見れるのなら、あいつの今際の際に少し興味がある』
例のボロ屋の裏に回ると、扉は鍵がかかったままだった。でも木製の囲いの上には、泥が付着している。恐らく海たちはここからよじ登り、中に入ったのだろう。
この扉を開けたら海たちと遭遇することも考えて、深く深呼吸をする。
そして扉の鍵を開け、中へと足を踏み入れた。でも、想像していたように海たちとの遭遇もない。そこには、何もなかった。
そう、何もなかったのだ。
皆で毎日掃除をしていた犬小屋は、屋根から押しつぶしたように粉砕していた。
水を入れるのに使っていた水栓柱はへし折れ、周りを水浸しにしている。
スチール製の物置も、扉や壁がボコボコにへこまされていた。
そしてトートが身につけていたはずの車椅子は真っ二つにされ、片方の車輪がカタカタと音を立てながらいびつに回っている。
「と、トート……?」
遅まきながら名前を呼ぶが、トートがここにいないのは明白だった。
そう、ここにはもう何もない。
トートとふざけて遊んだ光景も、しょんべんをかけられキレたあの日も、日々弱っていくトートをあたしたちが世話をしていた日常も、もうここには何もなかった。
……これはきっと、見せしめだ。
トートを事故死に見せかけて殺し、その後あたしたちから金を巻き上げるための布石。自分たちに逆らったら、お前らもこうしてやるという、海たちのあまりにも暴力的なメッセージだ。
……海はもう、あたしのことを彼女じゃなくて、ただの金づるだって思ってんだね。
こんなの、全然楽しくない。面白くない。気持ちよくない。つまらない。辛い。痛い。きつい。こんなの、こんな気持、耐えられない。
海に対する怒りと、自分に対する不甲斐なさと、他の五人への申し訳無さと、何よりトートの心配で。
あたしは一人、絶叫した。