中庭から渡り廊下を歩き建物内へ入ると、示し合わせたかのように七海と青野が待ち構えていた。
「お! お前ら仲直りしたか?」
 七海の無粋な問いかけに青野が脇腹を小突く。白川と雪平を見ればその答えは一目瞭然だった。
「じゃあさ、仲直りの祝いとして焼肉行かね!?」
 突然の七海の提案に二人がキョトンとする。「お前が行きたいだけだろ」と青野がつっこむ。
「商店街のさ、焼肉屋が食べ放題学生半額やってんの。一週間限定らしいからさあ、行こうようー」
 わざとらしく縋りついてくる七海を雪平が剥がし取る。
「なあ、いいだろお? 翼も来るよな!?」
 まさか誘われるとは思ってもいなかった白川が言葉を詰まらせる。
「え、いや俺は……」
「そんなこと言うなよおー。ダチだろぉ!?」
「だ、ダチなの? 俺が?」
 おろおろと助けを求めるような視線を雪平に向ける。中学校を卒業するころには学外の繋がりの方が多く、学校の友達なんていらないとさえ考えていた。誰かが友達と呼んでくれることが久しぶりだった。
「七海がダチって言ってんだから、白川(お前)七海(こいつ)の友達なんだろ」
 白川の瞳が揺れる。すこし光を帯びたのは瞳が湿っていたからかもしれない。
「俺も入れろよ」と青野が雪平に蹴りを入れる。「知らねえよ」と雪平が言い返す。七海が笑う。白川の目の前には当たり前の高校生活が広がる。いらないと思ってた友人も、大切な人も、大事なものも、ここにある。いらないなんて、そんなのは嘘だった。自分の心に無理やり蓋をしていただけだと気付いた。まだつまらない言い合いをしている雪平の横顔が目に入った。
「行く! 俺も行く」
「白川、お前練習は大丈夫なのかよ。コンクール迫ってるだろ」
「活力必要だろ!?」
 白川が口を尖らせる。
「よっしゃ決まりー。明日放課後集合なー」
 勝手に日取りまで決めだす七海に雪平が焦る。「おい」と声をかけようとした雪平の体に飛び込んできたのは白川だった。
「わーーーーーーーー」
 ふざけたように雪平の腹に抱きつく。
「え、なに、こわ」
 雪平が引きはがそうとするが白川が力を込めてまとわりつく。嬉しくて泣きそうになっているなんて。そんな顔を見られたくなかった。
「なんだよ、翼そんなに焼肉好きだったのかよ。そりゃ楽しみだな」
 うんうんと満足そうに七海が腕を組む。
 友達を作るなんて興味なかった。学校なんてただの小さな箱だと思ってた。それなのに、どうしてか胸がわくわくする。ガッコウセイカツがこんなにも楽しく感じる。知らない感情がどんどんと湧き出してくる。全身を満たす。
 雪平を見上げると「しょうがないヤツ」と眉を下げ笑っていた。足りないと思っていたピースがどんどんと埋まっていくような気がした。

 焼肉の日取りも決まったところで、昼休み終了の予鈴が鳴る。
「あ、奏。お前今日日直だろ。職員室にプリント!」
 七海の言葉で思い出した雪平が焦る。
「やば、行ってくる」
 慌てて駆け出す雪平が廊下を曲がり見えなくなった。
「あいつも意外とおっちょこだなー」
 七海がニヤニヤしながら歩き出す。白川と青野もそれに続き教室へ向かう。
「そういやさあ、春休みの。奏のさ、なあ」
 笑いをこらえながら七海が青野を見る。
「人のこと陰で笑うなよ。おもろかったけども」
 何のことかと白川が頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「春休みに部活で学校来たらさ、朝から奏がやたらそわそわしてる日があってさ。心ここにあらずってやつ?」
「これ絶対だれかに告白するやつだって噂してたんだよね」
 知らない雪平の話に白川が興味津々に聞き入る。
「あの普段クールぶってる奏がだぜ。あんな落ち着きない感じだから、相手誰だよって。で、昼前に意を決したように部室出て行ってさ」
「雪平が? それで、告白ってのは、したの? 成功は……したの?」
 聞きたいような聞きたくないような、複雑な思いが語尾を小さくさせる。
「それがさあ」
 ケラケラと七海が笑う。やめろって、と言いながら青野も面白がっている。
「スケッチブックとスマホ握り締めて音楽室から帰ってきた。連絡先交換できたって真っ赤な顔でさ」
「え、それ、俺?」
 白川が目を丸くする。
「そうそう、翼。翼に話しかけたかったんだって。そんなん早く話しかけりゃあいいじゃんってさ」
「どんだけ緊張してんだよってな。翼から連絡こないか、ちらちらスマホ見てさ。あのクールな奏が」
「クールな奏がな」
「あれにはウケたわあ」と二人が楽しそうに話す。そんな話、初めて聞いた。ぶっきらぼうに現れたかと思えば一曲弾けと偉そうぶる。勝手に絵を描きだしたかと思えば曲名が覚えられないから教えろと言う。それなのに、雪平のそんな一面を初めて知った。ぶわっと白川の顔まで赤くなる。
「だからさ翼。すげえ勇気だして声かけたみたいだから、よろしくしてやってな」
 七海が肩をたたくと白川がこくこくと頷いた。
「も、もちろん」
 本鈴が校舎内に鳴り響く。「やべっ」と三人が駆け出した。七海たちと走る白川の顔には、早く放課後にならないかななんて、笑みがこぼれていた。