「はい、ではきみは確か——長良さん、だったね。どうぞ」

 岩崎はなぜか美都の苗字を知っていて、名指しで指名した。美都が「はい」と言って立ち上がる。名乗る必要はないと思ったのか、早速質問を投げかけた。

「御社では『マイノリティ、社会的弱者が生きやすい世の中へ。人生を再スタートさせる』を基本理念とされていますが、“社会的弱者”とは、どんな人のことだと考えていますか」

 これまでの会社の制度や内部事情に関する質問とは一線を画す、会社の根幹の部分に関する質問に、岩崎の表情が一瞬固くなったのが分かった。だが、すぐに「いい質問ですね」と表情を和らげて話し出す。

「弊社が基本理念として掲げている“社会的弱者”ですが、先ほどの会社説明会でも申し上げたような高齢者や子供、障害者の方だと考えています。が、それだけではありません。たとえば、みなさんの中でも性格や体質などのちょっとしたことで生きづらいと感じている人もいるでしょう。大勢の前で緊張してしまうとか、友達をつくるのが苦手、他人の顔色をつい窺ってしまうというような悩みは誰もが抱えているものです。そういう方に向けた相談サービスなども行っているので、大きく捉えるとそういう人たちも社会的弱者に含みます。実際そういった方たちが他の人に比べて立場が弱いかどうかに関わらず、です」

「……分かりました。それなら、例えば今回の課題に出て来た犯罪者の人たちを、こうしてインターンシップに呼んだのも、犯罪者を社会的弱者だと捉えているからですか。彼らを“生きづらい人”だと認識しているということでしょうか」

 再度質問を投げかける美都の言葉に、会場全体が緊張感に包まれる。かなり核心をついた質問だった。

「そうですね……そうとも、捉えられるかもしれません。考えたことはなかったのですが、彼らはもしかしたら致し方なく犯罪をせざるを得なかったのかもしれませんからね。でも、犯罪をすることは決して容認できることではありませんよ。あくまで動機の話です。もし、誰かに脅されて犯罪に走ってしまったのだとしたら——それは、純粋な彼らの意思ではありませんから、犯罪者だとしても社会的弱者として扱うかもしれません」

「ご回答ありがとうございます。最後に、少し話はずれますが、岩崎部長は本当の正義とはなんだと思いますか」

 本当の正義とは。
 直接的に会社とは関係のない質問をする美都は、一体どういう意図で発言をしたのだろうか。善樹にとって、「正義」という言葉は、聞き逃すことができないものだった。

「本当の正義、ですか。難しい質問ですね。我々の——いや、私の一個人の考えとして聞いてほしいのですが、本当の正義とは、他者を裏切らないことだと思いますね。自分が正義だと主張する行為、発言をすることで、誰かを傷つけたり、誰かから羨まれたりすることがないこと。それが、正義ではないかと考えます」

「……ありがとうございます。なんだか、腑に落ちました」

 納得した様子で、美都がその場に座り込む。彼女の態度に反比例するように、善樹の心臓は暴れ始めていた。
 正義とは、他者を裏切らないこと。
 岩崎が出した答えは、先ほどのディスカッションで宗太郎が主張していたことを裏付けていた。自分では正義だと思い込んでやったことが、他人にとってはありがた迷惑だったこと。善樹は今日、十分に思い知らされたのだ。

 このインターンに参加しなければ、そんな残酷な事実に気づかなかった。参加してよかったのかそうでないか、今の善樹には見当もつかない。自分の生きるよすがとしていた信念をたった一日で崩されて、昨日、インターンが始まる前とは心の持ちようが全然違っていた。自分の魂がふらりとどこかへ飛んでいってしまって、とてもじゃないが、今また議論をしろと言われたら何も発言できそうにない。

「皆さん、たくさんの質問をありがとうございました。これより夕食に入ります。本日もお疲れ様でした。明日の発表に備えて、各自意見をまとめておくようにしてください」